ジョーダン・ラカイが実践したセルフケア 音楽家が「心の闇」を乗り越えるための制作論

セラピーに学んだ「誰かに委ねること」

―あなたはこれまで自分でいくつもの楽器を奏で、ビートメイクも行って、更に編集やミックスも自ら行ってきたわけですよね。でも本作では、最初から最後までフルバンドと共作したと資料にあります。その制作のプロセスを教えてください。

ジョーダン:このアルバムを作る前に、僕は自分がクリエイティブな面でひとつの限界を迎えたと感じていたんだ。今回もし全部自分でやっていたら、またそれまでの自分のサウンドを作っていたと思う。だから、アーティストとして成長するためには、制作の最初から人を巻き込むのがいいんじゃないかと考えた。

そこで僕は、昔のプロデューサーのように自分はどっしりと構えて、みんなが演奏するのを聴きながら、それらすべてをパッケージとして考えるアプローチを取った。以前は自分でピアノを弾いて、次は自分でギターを弾いて……というやり方だった。たぶん昔は自分で考えることが多すぎたんだ。でも今回は、他の人たちの影響が曲に入り込むようにしたかったし、関わる人が多くなれば僕のサウンドは自然と変わるだろうと思った。そして外部のプロデューサーとしても成長できるんじゃないかと考えた。つまり自分はコントロールルームに座って、イエスとかノーを言うだけっていうオールドスクールなやり方だよね。おかげで、そういうコミュニケーションの取り方についてすごく多くを学んだよ。より広角なレンズで物事を見るということもね。

―そこでのプロデューサー像について、ロールモデルというか、自分の目標になった人はいますか?

ジョーダン:まず、リック・ルービンには大きな影響を受けた。それからレディオヘッドのプロデューサー、ナイジェル・ゴッドリッチ。彼はレディオヘッドのサウンドに大きく貢献しているわけだけど、ただ座ってそこにいる黒幕みたいな存在だよね。というわけで、僕も自分の内なるナイジェル・ゴッドリッチを降霊させようとしていたんだ(笑)。


Photo by Joesph Bishop

―これまでの作品ではビートとループ、そして歌が中心にある曲が多かった印象があります。それに対して『What We Call Life』では、もちろん歌は大きな要素としてありますが、中心がわからないし、出発点もわからない。作曲もアレンジも演奏、録音も編集も全てが平等で同時進行みたいに聴こえますね。

ジョーダン:これまでの僕は、ピアノの前に座って曲を全部作ってから、それに合わせてビートを作っていた。だから、これまでの曲には、より歌ベースのソウルフルなものが多かったんだ。でも今回は違うプロセスをとっていて、スタジオに滞在しながら、インストゥルメンタルだけを先にレコーディングしたんだ。そして帰ってきてから歌詞を書き始めた。だから自分の声は焦点やリードというよりは楽器に近い。僕の声は、単に曲の様々なパーツのひとつに過ぎなくて、そのほかの楽器にもしっかり役割を果たしてもらう音楽にしたんだ。『What We Call Life』の収録曲は、曲によってすごくハッピーで楽しくてファンキーで、かと思うとすごくダークでエレクトロニックで幽玄的。そこで音楽が声と同じくらいストーリーを物語るものにしたかった。ヴォーカル5割、音楽5割で、お互いにとって重要なものになってるんだよね。

―そういった特殊な制作プロセスや音楽性のインスピレーションになったアーティストは?

ジョーダン:以前の僕の音楽はマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダー、ディアンジェロの影響が強かったけど、今回はかなり違う。たとえばビョーク。もちろんレディオヘッド、それからボン・イヴェール。あとはトーク・トークという昔のバンドの要素も入っているかもしれない。特にアトモスフェリックな彼らの初期作品。それにポール・サイモンやフィル・コリンズなどの80年代初期の感じとかね。そっちは楽しい系の曲で、ダークな曲はビョークやレディオヘッドの感じ。



―優れたバンドメンバーが入っていることはアイデアの多様さからもよくわかります。曲の世界観にメンバーのアイデアや演奏もかなり影響を与えていますよね。

ジョーダン:影響は本当に大きかったよ。僕はあらゆる判断においてメンバー全員が同等の発言力を持つようにしたかったし、本物のコラボレーションにしたかったんだ。実際にドラマーのアイデアから「Unguarded」が始まっているしね。最初にパッドを使ってベースラインを弾いて、僕が「それすごくいいね。その路線でやってみよう」と言って、という感じ。多くのアイデアは全員によるもので、みんな同じくらいの割合だった。音楽的に多様になったのは、いろんな人のアイデアが入ってるからだよ。ある日はドラムから始まって、またある日はピアノから始まった。関わったすべての人が混ざっているんだ。

―そこまでアイデアがみんなから出たということは、基本的には参加したメンバー全員が作曲家みたいなところもあるんですかね。

ジョーダン:そう! みんなそれぞれアーティストだよ。実際プロデューサーやアーティストとコラボレーションする方が、優れた楽器奏者とやるよりもいいと思うんだ。彼らは自分のパートだけではなくて曲のことを考えてくれるし、その曲のなかで何がうまくいくかを考えてくれるから。だから今回はドラマーやベース奏者ではなく、最高峰のプロデューサーであり素晴らしいソングライターの集まりと言えるね。

―みんなのアイデアが平等に採用されていたり、他の人から別のアイデアが生まれるきっかけに繋がったりしながら、曲のあり方自体も変わっていく。そういう平等さや相互作用を重視した制作過程も、「セラピーで得たものをシェアすること」というコンセプトは繋がってる部分もあるのでしょうか?

ジョーダン:うん、あるんじゃないかな。レコーディング・セッションはセラピーのあとだったから。そもそもアルバムの曲を書き始める前、まだ何もレコーディングしていないうちから、今回はセラピーについてのアルバムにしたいっていうのは言っていたし、だからダークで幽玄でエモーショナルにする必要があるだろうと考えていたんだ。そういったコンセプトのいくつかをメンバーとも話したら、彼らも心を開いて僕の話をじっくり聞いてくれて、メンタルヘルスにまつわる自分の経験を教えてくれたりした。

今回、僕が他のミュージシャンを支配することを放棄して、影響を受けやすい状態でいたということは、ある意味セラピストに自分の感情を引き渡すのと同じだと思うんだ。僕にとって、曲がどこに向かうかを他のミュージシャンに任せるというのは、すごく大きな一歩だったんだよ。以前の僕はコントロール・フリークで、どのパートにも関わりたい、これも自分で演奏したい、この部分も自分で……っていう感じだった。でも今回、それを他の人にやってもらうことで、少しリラックスして、一歩下がって物事が見られた。だから間違いなく繋がっていると思うよ。

Translated by Emi Aoki

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