ジョーダン・ラカイが実践したセルフケア 音楽家が「心の闇」を乗り越えるための制作論

ジェフ・バックリィと「嘆き」の声

―歌い方や歌声の質感の加工に関しても、これまでにはやらなかったような表現がかなり入っていると思います。ファルセットにしても今までとは声の出し方が異なっているように思うし、それにより全く異なる情感が出ているとも思います。歌唱の変化についてはどうですか?

ジョーダン:今回は意識的に歌い方を変えようと思ってた。ダイナミックに、すごく力強かったり、すごく優しかったり、いろんなスタイルの歌い方を詰め込もうとしたよ。まず手始めに、僕の妻に聴いてもらった。というのも、僕は家にいる時に歌ってることが多くて、いろんな歌い方をしてるんだよ、ボーカルラインだったり……結構いつも歌ってて、そうすると妻が「アルバムでもそういう歌い方をした方がいいよ。あなたがそんな風に歌えるのを誰も知らないと思うから」とか言ってくれて。とにかく今回は抽象的なメロディを多く書いたから、ボーカル的にはチャレンジだったね。ボーカルとしての自分を追い込むということと、興味深いものにしたいということ、リスナーがこれまで聴いたことがないようなものを聴かせたいっていう思いがあった。

―参照したボーカリストは?

ジョーダン:ピーター・ガブリエル、それからスティングも明らかにそう。この二人の影響はかなり大きい。それにジェフ・バックリィもそうだと思う。これまでの僕のボーカルは、もっとディアンジェロだったりスティーヴィー・ワンダーだったり、よりリズミックでソウルフルなものだったけどね。今回はもっと……僕は「嘆き」と説明しているんだけど、スローな嘆きの歌というかね。

―ジェフ・バックリィが挙がるのはしっくりきますね。

ジョーダン:彼からの影響は一番大きいと思う。若い頃は、誰かの声に似ていると言われると、彼の真似をしてるように思われてるんじゃないかって自意識過剰になったりしてた。今は最大の賛辞として受け止めるようになったね。自分が一番好きなシンガーにちょっとだけでも近いと思われるなんてさ。



―このアルバムでは歌詞のもつ世界観やムードが、サウンドとかなり密接に結びついている印象です。アレンジと歌詞の関係についてはどうですか?

ジョーダン:スタジオで作った曲を聴きながら、この曲はどんな感情を掻き立てるのか、自分はこの音楽のムードのなか、歌詞で何を言いたいのかということを自分に問いかけながら書いたんだ。たとえば「Send My Love」はすごくハッピーでエネルギッシュでアップテンポな曲だから、歌詞もそのサウンドに合わせて少しポジティブなものにしたいと思った。一方で「Brace」は、かなりダークで幽玄で、ここでは存在論的なテーマを語りたいと思った。つまり音楽を聴いてから歌詞を書いたというのが、結びつきがうまくいった理由じゃないかな。

―「Family」の切実なハイトーンはまさしく、今までの作品ではあまり聞かれなかった歌唱だと思います。

ジョーダン:これはロンドンで1人で作った曲で、ベースを自分で弾いてドラムのプログラミングも全部やって、だから昔ながらの作曲方法で書いたもの。もう少しシンプルでパーソナルな曲が欲しくて、それで作ったんだ。この曲は、両親の離婚についてと、そのことが子供の頃の僕にどう影響したのか、大人になった自分が振り返っているというもの。でも、何があっても僕は2人が大好きだ、なぜなら2人は僕の家族だからだと両親に伝えようとしていて。サビの歌い方はすごくエモーショナルで、ここは泣き叫ぶというような意図がある。だから感情を込めて、自分を追い込んでいるんだよ。



―「Clouds」では人種間の分断について、あなたが自問自答しているような歌詞が綴られています。

ジョーダン:これも1人で作った曲。去年5月に起こった人種差別への抗議運動にインスパイアされた曲で、僕自身も人種が混ざっているんだけど、時々それを忘れてしまう。実際見るからに白いし、白人社会で育って、今もそういう社会に生きていて、自分のルーツを忘れそうになる。だから曲の前半はそれに対する罪悪感について、自分の無知だったり、自分のその側面を意識していないこと。曲の後半は、それについて何かするべきだ、より良い人間にならなければってことを歌ってる。いかにBLM運動が僕の人生に影響を与えたか、ということについての曲だね。



―「Runaway」では心の葛藤が歌われていて、主人公は最終的にはベッドの中で動かない。このムードやエモーションをどんなサウンドで描こうとしたのでしょうか。

ジョーダン:個人的には、この曲がアルバムのなかで一番好き。作っている時にやろうとしていたのは、なるべく余白を空けようということ。変な拍子を使っていて、ちょっとジャジーではあるんだけど、自分としてはシンプルで心が落ち着く曲だと思っている。ここでの僕はまるで独り言みたいに、過去を振り返りつつ新たな章を始めようってことを歌っている。病院のピーピーという音みたいなピアノで始まって、ダークでインダストリアルな感じがバラードと混ざり合っていて。実際は変なミックスなんだけど、いい感じに独特なサウンドになっているよね。



―さっきスティングの名前が出ましたが、彼の名曲「Englishman in New York」にかけると、あなたは「Australian in London」な訳ですよね。

ジョーダン:そうだね(笑)。

―国や出自についてもそうだし、どこか特定のシーンにコミットしている感じもしない。ずっと独特なポジションにいるようにも映るんですけど、それについて思うことはありますか?

ジョーダン:これもいい質問だね。実は自分でも結構よく考えるんだ。ニュージーランド人である自分がオーストラリアで育って、そしてロンドンに移り、今はロンドンが自分の故郷のように感じている。でも、ロンドンの人たちは、今でも僕のことをオーストラリア人だと言うし、一方オーストラリアの人は僕のことをイギリス人だと言い、僕は変なところで身動きが取れなくなっていて、どこにも属していない感じだから。

その一方で、ロンドンの良いところは、僕はいろんな人を知っていて、ジャズのコミュニティでも大体の人と一緒にやったことがあるし、ポップ・コミュニティもダンス・ミュージックの人たちも、というか全員知っているというか。だから誰かが必要な時はすぐに頼める。でも、自分が作っている音楽は他の人たちとは少し違うと思っていて、なぜなら僕は全部集めて、それを自分の音楽に取り入れてるから。この部分はすごくジャズっぽいけど、この部分はすごくポップだったり、ダンスだったりっていう。自分の音楽は、ロンドンで生まれるあらゆるサウンドの真の表象だと言っていいんじゃないかな。それは自分があらゆるアーティストや音楽から影響を受けていて、ここで暮らすことによって、それが自分のサウンドに入り込むからだと思う。

―『What We Call Life』が大好きなので、取材できて嬉しかったです。音楽と感情の結びつきがジェイムス・ブレイクの1stアルバムみたいだと思いました。

ジョーダン:ありがとう。僕もジェイムス・ブレイクの1stは大好きなんだ。彼にはすごく影響を受けているから、そう言ってもらえると嬉しいよ。




ジョーダン・ラカイ
『What We Call Life』
発売中
国内盤CDにはボーナストラック収録、歌詞対訳と解説が封入
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11939

Translated by Emi Aoki

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