ポールの音価コントロールへの意識はデビューアルバムの『Please Please Me』にも見受けられます。たとえばシュレルズのカバーである「Boys」のプレイではそれが現れています。シュレルズの原曲のほうは、レイ・チャールズの「What’d I Say」タイプのラテン風のリズムで味付けしたR&Bですが、ビートルズはマージービートのマナーでカバーしています。ここでリンゴが披露しているのは、ほんの僅かにハネた感覚を残したリズムです。弱めの「おっちゃんのリズム」といったところでしょうか。一方、ポールは甘いスタッカートとブリッジミュートでシャープなリズムを刻んでいます。この2つの異なるリズムの対比が緊張関係を生み、リズムを味わい深いものにしているといって良いでしょう。ベースはシンプルなルート弾きですが、ニュアンスに富んでいます。ルート弾きはルート弾きが奥が深いのです。
ベーシストポール・マッカートニーを代表するプレイといえば? と聞かれたら、多くの人が『Revolver』の「Taxman」を挙げると思われます。忘れがたいベースリフは楽曲の顔だといって過言ではありません。そして、再生時間1分前後で披露される例の素早いパッセージに度肝を抜かれた人も多いことでしょう。このフレーズはまさにひらめきに満ちており、奇跡的というしかありません。この箇所に差し掛かるたびに脳からハッピージュースが分泌されるような感覚を抱きます。このフレーズは月面着陸に比肩する人類の到達のひとつであると断言したいほどです。人類の到達点かどうかはさておき、「You Can’t Do That」で見せたリズムの遊びが研ぎ澄まされたものが「Taxman」の例のフレーズであると見做すことができるでしょう。ポールはこの後も『Abbey Road』に収録された「I Want You (She’s So Heavy)」のブレイク部分で「You Can’t Do That」タイプのトリッキーなフレーズを披露しています。
今回はグルーヴ寄りのプレイを取り上げることになりましたが、ポールはメロディアスのプレイも得意としています。トゥーマッチとの声も上がりがちな「Something」のベースは名人ティナ・ウェイマスをして「ベース界のモーツァルト」と言わしめました「Nowhere Man」や「With A Little Help From My Friends」のベースを礼賛したいところではありますが、ひとまず『ザ・ビートルズ:Get Back』の続きを観ようと思います。