塩田明彦と向井秀徳、「人生がシンクロしている」二人が語る映画とロックの融合

キャラクターの本質を突いた「演出」

ー麻希役の日髙麻鈴さんが歌う時、ギターの弾き方や歌い方に関して向井さんから指導はあったのでしょうか?

塩田:日髙さんはもともとエレキは弾けるんですが、向井さんに指導してもらいました。「ドロップDチューニングから始めなきゃいけない。これが大事なんだ」って、向井さんが言ってましたね。

向井:普通、バンドマンはレギュラー・チューニングで始めるんだけど、この人(麻希)は6弦を1音下げるんです。そこでまず時空を歪ませてリフをおっぱじめる。この人は絶対そうするだろうと思ったんですよ。6弦をグワーンと落とさないと麻希のハートは震えない。

塩田:なんかもう、生き様ですね(笑)。あと、日髙さんはミュージカルの舞台の経験があって歌えるんです。本来は透き通った伸びる声なんですけど、「排水管」を歌う時はそうじゃない。向井さんが「濁音で歌え」って言っていたのを覚えてます。彼女も必死にそれに応えようとしてた。


『麻希のいる世界』より、麻希役の日髙麻鈴(©SHIMAFILMS)

ー時空を歪ませるギターと濁音の歌声。向井さんは具体的に麻希の人物像を捉えていたんですね。

塩田:あと、さすが音楽家だな、と思ったことがあって。麻希が作った「排水管」を、祐介がアレンジを変えていくじゃないですか。そのくだりで、祐介は麻希のような才能はないけど、真剣に音楽に向き合っているし、テクニック的にうまいことを表現したかったんです。ただ、それをどう表現すればいいのか。シナリオの段階では計算していなかった。ところが向井さんは「排水管」のメジャー・ヴァージョンとマイナー・ヴァージョンを用意してくれたんです。そして、最初に麻希が歌う時はメジャー。祐介がアレンジした時はマイナーを使ってくれって言われて「なるほど!」と思いました。それはある種、向井さんの演出ですよ。

向井:演出というほどのことではないですけどね。最初に麻希が歌うメジャー・コードは非常にシンプルでパンキッシュなんですよ。簡単に弾けるけど、そんなに気楽な曲じゃねーぞ!って感じで歌う。マイナー・コードになると、アルペジオのリフが入ったりして曲に彩りが加わってドラマティックになる。それは祐介の作為なわけです。そうやって色分けすればわかりやすいんじゃないかと思ったんですよ。

塩田:いやあ、さすがです。それをやるかやらないかでは大違いですから。

ー祐介がアレンジした曲に麻希がダメだしするじゃないですか。あそこに二人の音楽に対する向き合い方の違いがわかりやすく表現されていますよね。

向井:祐介が作ったデモもすげえ良いと思うんですよ。何が不満よ? 麻希って(笑)。でも、そのズレが二人の違いで。

塩田:祐介のヴァージョンは巧過ぎる。麻希には祐介のキャラクターの本質を突いていてほしかったんです。それが良い曲であっても、私が求めているのは巧さなんかじゃないっていう、極端な言い切り方を麻希にしてほしかった。


『麻希のいる世界』より、祐介役の窪塚愛流(©SHIMAFILMS)

ー祐介の部屋にニュー・オーダーやステレオラブのレコードが飾ってあるじゃないですか。そういうものからも祐介のキャラクターが伝わってきますね。サウンドにこだわるマニアックなタイプなんだって。

塩田:祐介は才能があるかどうかはわからないけど、音楽に対しては真剣ですごく背伸びしている。青春ロックを見下しているタイプ。だから、祐介がやっている音楽はインストにしたいんですけどって向井さんに相談したら、「監督、それはシューゲイザーですよ」と言われて。僕はシューゲイザーというものを知らなかったんです。そしたら、その場で向井さんが、「多分、祐介のキャラクターはEマイナーですね」ってテレキャスをジャラーンと鳴らしてくれて、「それだ!」って思いましたね。

ー祐介のバンドの演奏を聴くと、音楽聴いてるやつだなって伝わりますね。インストでアンサンブルで聴かせるし。

向井:あれはあれでカッコいいから、祐介を否定する気にはなれないだよな(笑)。

塩田;案外才能あるんですよ。少なくともアレンジャーとしてはすごくいい線いってる。

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