ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く

 
グラミー賞ノミネートに見る「越境性」

―黒人アーティストが最優秀アルバム賞を受賞したのは、2008年にハービー・ハンコックが『River: The Joni Letters』で受賞して以来、14年ぶりとのことです。

柳樂:共にヴァーヴ・レコードの作品という共通項もありますよね。『River: The Joni Letters』はその名のとおりジョニ・ミッチェルへのトリビュート作で、ノラ・ジョーンズやレナード・コーエンなど多彩なゲストを迎えて、ジャズからフォーク、R&B、ロックなど様々なジャンルに跨っているアルバムでした。



―かたやジョン・バティステは、11部門で最多ノミネートというのも話題になりましたが、その数字だけが一人歩きして、中身はさほど検証されてこなかった気がします。部門名を羅列してみるとよくわかりますが、このジャンル横断ぶりは驚異的ですよね。

 ・最優秀レコード賞:「Freedom」
 ☆最優秀アルバム賞:『WE ARE』
 ・最優秀トラディショナル・R&Bパフォーマンス:「I NEED YOU」
 ・最優秀R&Bアルバム:『WE ARE』
 ☆最優秀ミュージック・ビデオ:「FREEDOM」
 ・最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ:「Bigger Than Us」(『ソウルフル・ ワールド』収録)
 ・最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム:『ソウルフル・ワールド』
 ☆最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス:「CRY」
 ☆最優秀アメリカン・ルーツ・ソング:「CRY」
 ☆最優秀サウンドトラック・アルバム作曲賞映画、テレビ、その他映像部門:『ソウルフル・ワールド』
 ・クラシック現代作品部門:「MOVEMENT 11’」
 (☆:受賞、注記のない楽曲は『WE ARE』収録)

柳樂:もともとジャズ・ピアニストとして知られてきた人ですし、最近はロバート・グラスパーやサンダーキャットみたいに、ジャズをルーツに持ちつつR&B部門にノミネートされるケースも増えているので、そこまでは驚かないけど……クラシックやアメリカーナ、映画音楽でも選ばれているのは相当ヤバい(笑)。

―主要部門ではシルク・ソニックやオリヴィア・ロドリゴ、R&B部門ではH.E.R.やレオン・ブリッジズ、ジャズ部門ではチック・コリアやテレンス・ブランチャード、ルーツ部門ではヴァレリー・ジューンやリアノン・ギデンズ、サントラ部門ではハンス・ジマーやルドウィグ・ゴランソン、クラシック部門ではキャロライン・ショウなどと競っています(一覧はこちら)。

柳樂:すごい顔ぶれ(笑)。ポップなブラックミュージックを手がけつつ、アカデミックな文化圏にも出入りして、トラディショナルな音楽にも精通していると。



―ジョン・バティステは音楽一家で育ったそうですね。父親のマイケル・バティステはジャッキー・ウィルソンやアイザック・ヘイズとの共演歴をもつベーシストで、彼やクラリネット奏者のアルヴィン・バティステからニューオリンズの音楽を教わったとか。

柳樂:その話に付け加えると、叔父にあたるハロルド・バティステは、サム・クックやドクター・ジョンを手がけた高名なアレンジャーで、後年はニューオーリンズ大学で指導していました。そして、同大学やジョン・バティステも通ったニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツで教鞭を執っていたのが、ジャズ教育の第一人者であるエリス・マルサリス。ジョン・バティステは彼をメンターと仰ぎ、2020年に亡くなった際には追悼パフォーマンスも披露しています

さらに、ジョン・バティステをいち早くフックアップしたもう一人の恩師が、エリス・マルサリスの息子であるウィントン・マルサリス。「ジャズ・アット・リンカーン・センター」(※)の芸術監督でもある彼のバンドに起用されたことで、ジョン・バティステはジュリアード在学中から頭角を現し始めます。

※通称JALC、NYマンハッタンの総合芸術施設「リンカーン・センター」(ジュリアード音楽院もこの施設の一部)に属するジャズ専門の公共機関

ちなみにウィントンは、1900年代初頭のニューオーリンズを舞台に、「ジャズの創始者」ことバディ・ボールデンの生涯を描いた2019年の映画『Bolden』(日本未公開)の音楽を担当していました。さらに彼はJALCでもジャズの起源を遡り、音楽の歴史を学び直すような企画を展開しています。こういったウィントンの姿勢は、ジョン・バティステに大きな影響を与えているはずです。

ジョン・バティステとエリス・マルサリス


2010年、ウィントン・マルサリスと共演するジョン・バティステ

―柳樂さんがジョン・バティステを知ったのはいつ頃でしたか?

柳樂:彼が20歳のときに録音したライブ盤『Live In New York』を、2011年に聴いたのが最初です。この時点でも高度な演奏スキル、現代的なリズムやハーモニーの感覚に加えて、ストライド・ピアノを取り入れるなどビバップ以前の古いジャズにも精通し、ニューオリンズの伝統的なスタイルが叩きこまれているのも演奏から伝わってきました。これは余談ですけど、インパートメントから日本盤も出ていたんですよ。当時から注目していたA&Rの西野さんはもっと評価されていいと思う(笑)。

また2017年には、ウィントン率いるJALCオーケストラと共に、60年代の時点でジャズとクラシックの融合を試みた再評価著しいピアニスト、ジョン・ルイスへのトリビュート作『The Music Of John Lewis』を発表しています。ジョン・バティステもクラシックの英才教育を受けていて、それが本人のアウトプットにも反映されているので、この企画には大いに頷けるものがありました。





―クラシック部門でノミネートされたピアノ曲「Movement 11’」について、ベートーヴェンやショパン、バッハの名前を挙げつつ説明しているインタビューも見かけました。

柳樂:バッハが好きなのはよくわかりますね。ジャズ黎明期におけるニューオーリンズの音楽、ラグタイムやブギウギとバッハの対位法との共通点を指摘するアーティストもいるので。

その一方で、ステイ・ヒューマンを率いての2013年作『Social Music』では、ジョンがボーカルを務めてポップやR&Bの要素を取り入れながら、ニューオーリンズの伝統音楽を現代的にアップデートさせていました。ハイブリッドな作風は『WE ARE』のプロトタイプとも言えそうです。

2018年の『Hollywood Africans』もボーカリストとしての側面を押し出した作品で、ルイ・アームストロングからショパン、TVゲーム『ソニック・ザ・ヘッジ・ホッグ』の楽曲まで取り上げ、シンプルなピアノ弾き語りに昇華しています。しかも、ニューオーリンズの古い教会をリフォームしたスタジオが使われていて、ものすごく響きがいい。こういう録音へのこだわりも『WE ARE』に継承されている気がします。


『Social Music』収録曲「Let God Lead」


『Hollywood Africans』収録曲「What A Wonderful World」

―昔から多才なんですね。ジャズ・シーンでは早くから注目されていたんですか?

柳樂:アメリカのGQ誌が2015年に新世代アーティストの特集を組んだとき、エスペランサ・スポルディング、トロンボーン・ショーティと並んで大きく掲載されていました。ネイト・チネンによる21世紀ジャズの評論集『Playing Changes』(2018年)でも、重要人物の一人として言及されています。

ただ、ジャズ・リスナーなら誰でも知ってる存在というわけでもなかったですね。ニューヨークで頻繁にセッションするというよりは、コンセプチュアルに作品を練るタイプの人なので、ライブの現場で発見される機会も少ないだろうし、シーン全体で見ると浮いてたというか。あとはスケールが大きすぎて、周囲が起用しづらかった部分もあると思うし。

―イレギュラーな存在すぎて、どう扱うべきかわからなかった?

柳樂:そうですね。そのあたりは旧知の間柄であるトランペッター、クリスチャン・スコットとも似ているかもしれない。孤高というか。

そもそもジョン・バティステは、本国アメリカでグラミー賞授賞式を生放送しているテレビ局、CBSの人気トーク番組『ザ・レイト・ショー・ウィズ・ステファン・コルベア』の音楽監督でもあり、2015年からステイ・ヒューマンが同番組のハウス・バンドを務めています。ジャズ云々というよりはこちらの仕事で広く知られており、番組を通じて大物アーティストやメインストリームの最先端と共演してきた経験も、ポップスターとしての活動に繋がったのではないでしょうか。


『ザ・レイト・ショー・ウィズ・ステファン・コルベア』番組中でサンダーキャットと共演

 
 
 
 

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