ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く

 
ビヨンセ、ブラス・バンド、バウンス

―最優秀アルバム賞を獲得した『WE ARE』については、改めていかがですか?

柳樂:実はシルク・ソニックにも通じる部分がありそうな気がして。

―というと?

柳樂:過去の音楽スタイルをトレースしつつ現代に蘇らせるという点で、両者には同時代性みたいなものを感じてしまいます。ただ、シルク・ソニックは割とピンポイントに、ある特定の時期のソウルやファンクを取り入れているのに対し、『WE ARE』はアフリカン・アメリカンの音楽史を、もっと長いスパンの時間軸で捉えていますよね。

「TELL THE TRUTH」はサム&デイヴみたいな曲調だし、「CRY」は泣きのブルース。しかも後者は、ローリング・ストーンズにも参加しているスティーヴ・ジョーダンがドラムを叩き、ロバート・ランドルフがペダル・スティールを弾くという徹底ぶり。



―「CRY」はアメリカン・ルーツ部門を受賞したのも納得の出来栄え。

柳樂:もっと言えば、「FREEDOM」のイントロはハービー・ハンコックの「Cantaloupe Island」っぽいですし、「SHOW ME THE WAY」はシルク・ソニックのようなスウィート・ソウル、マーヴィン・ゲイ「I Want You」辺りに通じるものがありますよね。そんなふうに、いろんなスタイルをかいつまみながらアメリカ音楽史を描き直している。





―過去の音楽遺産を参照しながら、現代に響くストーリー、自分自身のパーソナルな物語に翻訳しているようなところがありますね。

柳樂:ジョン・バティステはそういうやり方が抜群にうまい。『ソウルフル・ワールド』もそうでしたよね。あの映画ではジャズの演奏シーンを彼が担当していて、すべてオリジナル曲だけど、あたかもそういうスタンダードが実在していたかのような曲ばかりなんですよ。しかも、それぞれ「●●っぽいスタイル」を擬態したような演奏で、歴史とスタイルと技術がインプットされているから何でもコピーできてしまうというか。


最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ部門にノミネートされた「Bigger Than Us」(『ソウルフル・ ワールド』収録)

―もちろん、そのままカバーとかサンプリングするのではなく、それぞれの文脈を理解したうえでの新しい解釈を加えることで、今の音楽としても成り立っていると。

柳樂:そんなふうに考えると、『ソウルフル・ワールド』においてジャズ・ピアノで表現したのと同じような感覚で、黒人音楽史を辿っていったのが『WE ARE』なのかもしれない。そこで思い出されるのが「ビーチェラ」ですよ。

―2018年のコーチェラでヘッドライナーを務めた、ビヨンセの歴史的パフォーマンス。

柳樂:自身のキャリアも回顧しつつ、マーチング・バンドやドラム・ライン、ゴスペルやカリブ音楽やレゲエ、ニーナ・シモンやフェラ・クティの引用まで文脈を織り込み、ブラック・ミュージックの源流を辿るような圧倒的ステージで、ニューオリンズの伝統文化がサウンド全体に刻まれていたのも鮮烈でした。

かつて「ビーチェラ」にも匹敵するスケール感で、アメリカと黒人奴隷の歴史を描いたのが、他ならぬウィントン・マルサリスでした。彼は1997年のジャズ・オペラ大作『Blood on the Fields』で、ピューリッツァー賞音楽部門をジャズ界で……というより、在命中の黒人アーティストで初めて受賞しています。ピューリッツァー賞といえば、2018年にケンドリック・ラマー『DAMN.』が獲得したときに大きく報道されましたが、「現代のアフリカ系アメリカ人の複雑な人生を捉えた感動的な作品」という選評は、ジャンルや時代の違いこそあるものの、そのまま『Blood on the Fields』にも当てはまりそうです。



2013年、ウィントンがJALCオーケストラを率いて『Blood on the Fields』収録曲を演奏

―ジョン・バティステはこういう点でもウィントンの系譜を継いでいるわけですね。

柳樂:そうそう。ただ、彼のほうが見せ方は遥かにポップで、そこは「ビーチェラ」以降の感じがしますよね。あと、ビヨンセの話をしたのにはもう一つ理由があって。実は2010年代に入ってから、ニューオーリンズ音楽のハイブリッド化が加速しているんですよ。

たとえば、プリザベーション・ホール・ジャズ・バンドという日本でもお馴染みの老舗バンドがいるんですけど、近年はメンバーの世代交代が進んで、2013年の『That’s It!』辺りから雰囲気が変わったんです。同じ年にソウル・レベルズというブラス・バンドが『Power = Power』というミックステープを発表していて、そこではカニエ・ウェストやドレイクの曲をカバーしていました。ちなみに、ジョン・バティステはこの2組とも共演していますし、彼の楽曲「ADULTHOOD」でフィーチャーされているホット8ブラス・バンドも同様の変化を見せています。


ジョン・バティステ、リオン・ブリッジズ、クリス・シーリー(パンチ・ブラザーズ)とプリザベーション・ホール・ジャズ・バンドの共演ライブ


ジョン・バティステ『WE ARE』を基点に、2010年代以降のニューオーリンズにおけるラップやブラスバンドの変容をまとめたプレイリスト(柳樂作成)

―ヒップホップを通過した世代が、ニューオリンズの伝統音楽をアップデートしていると。実際、ジョン・バティステはサウス・ヒップホップも愛聴してきたそうで、『WE ARE』に収録された「BOY HOOD」では、歌詞のなかにホット・ボーイズ(※)やNo Limitといった、バウンス(ニューオーリンズ独自のヒップホップ)にまつわる固有名詞も散りばめられています。

※No Limitと人気を二分するサウス・ヒップホップの人気レーベル、Cash Moneyから1997年にデビューしたリル・ウェイン、B.G.、ジュヴィナイル、タークの4人組

アボかど:「BOY HOOD」はマスター・P(No Limitを設立したラッパー)のフロウを引用していたり、ルイジアナのギャングスタ・ラップ度が高いですね。




柳樂:わかる人にはわかる表現が入ってるという。ニューオーリンズ音楽のハイブリッド化も、バウンスを聴きながら育った世代が台頭してきたことで決定的になり、最近はラッパーと生演奏バンドがコラボする光景が日常的になっています。

たとえばタンク・アンド・ザ・バンガスは、日本だとグラスパー周辺のネオソウル系みたいなイメージですが、本人たちの音楽性にもバウンスの要素が盛り込まれているし、バウンス最大のスター、ビッグ・フリーディアとも共演しています。『WE ARE』にも参加した現代ニューオリンズの旗手、PJ・モートンは自作曲をバウンス・リミックスした『Bounce & Soul, Vol. 1』も面白いアルバムでした。

アボかど:後者にはジュヴィナイルやDee-1など同郷のラッパーも参加していましたよね。


タンク・アンド・ザ・バンガスとビッグ・フリーディアの共演曲「Big」。タリオナ”タンク”ボール(Vo)は『WE ARE』に参加。

柳樂:ジョン・バティステもそういう流れを押さえていて、『WE ARE』デラックス・エディションにはビッグ・フリーディアを迎えた「FREEDOM」のリミックスを追加しているんですよ。

アボかど:The Showboysの「Drag Rap」というバウンス定番ネタがあって、スリー6マフィアからリル・ウェイン、ドレイクまでサンプリングで使い倒されてきたんですけど、「FREEDOM」のリミックスでも使われていましたね。

柳樂:そして、ビッグ・フリーディアが世界的に注目されるようになったのは、ビヨンセによる2016年の名曲「Formation」で声をサンプリングされたのがきっかけで、この曲は「ビーチェラ」でもニューオリンズのブラス・バンド形式で演奏されてました。こんなふうに、ジョン・バティステを基点に掘り下げると、ニューオーリンズやアメリカ南部における音楽カルチャーの変容も見えてくるわけです。




 
 
 
 

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