ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く

 
数字では測れない音楽家の価値

―『WE ARE』の最優秀アルバム賞受賞については、「セールスや再生回数が他の候補アーティストと違いすぎる」という声とともに、「主要メディアの年間ベストにほとんど選ばれてなかった作品が受賞するのはおかしい」という批判も見かけました。でも後者については、むしろ批評のほうが追いついてなかった気がしてきますね。

柳樂:どのジャンルにも収まりきらないからこそ、メディアはどう取り上げるべきか困ったと思うんですよ。でも、グラミー賞はジャンルやカテゴリー別だったり、曲単位で選ぶ部門もあるので、彼の多才ぶりが最多ノミネートという形で評価されて、授賞式のパフォーマンスを通じて本人のポテンシャルも認知され、そこからようやく全貌が見えてきたというか。

あと『WE ARE』は、これだけ多様なサウンドにアプローチしているのに、アルバム全体を通してヴィンテージでオーガニックな音色だから、何の違和感もなく聴き通すことができるんですよね。そこは過去作『Hollywood Africans』のくだりでも触れた録音へのこだわりも大きいはず。そういう部分もグラミーでは評価されていると思います。

―メインストリーム寄りのプロデュース陣に混ざって、ディアンジェロ『Voodoo』などを手掛けた名匠ラッセル・エレヴァードがレコーディングに関与しているんですよね。彼の参加曲ではエレクトリック・レディ・スタジオが使われていて。

柳樂:アナログへの愛情を感じる音作りですよね。それに『WE ARE』はクレジットも壮観で、新旧の実力者が脇を固めている。オルガンのサム・ヤエルは、鍵盤奏者でありながらベーシストの役割も兼ねる革新的プレイで、BIGYUKIにも影響を与えた人物です。ギタリストも豪華で、ジョン・バティステとの共作も発表しているヴルフペックのコーリー・ウォンに加えて、レトロ・サウンドの名手ニック・ウォーターハウスも参加している。さらに、現代ジャズを代表するドラマーでヴルフペック界隈のネイト・スミスや、幼馴染のトロンボーン・ショーティもいる。

そして、ジョン・バティステはそれぞれの曲がもつコンセプトに応じて、いろんな才能を適材適所で配置しながら形にしている。プロデューサーとしても優秀ですよね。


サム・ヤエル・トリオのライブ映像


トロンボーン・ショーティ、ホワイトハウスでのパフォーマンス映像

―あとは所属レーベル、ヴァーヴの支えも大きかったのかもしれないですね。今年のグラミーでは、パキスタンをルーツにもつ歌手/作曲家のアルージ・アフタブが最優秀新人賞にノミネートされたのも話題になりましたが、彼女もヴァーヴに移籍したばかり。USインディーを牽引してきたシンガーソングライター、カート・ヴァイルも新作を控えています。

柳樂:ヴァーヴはもともと、ジャズをポップ・ミュージックと捉えて、上質な録音とともに洗練された形で送り出してきたレーベルです。近年の象徴的存在はダイアナ・クロール。歌もバックの演奏も達者だし、ポップスとしても聴けるみたいな。

―レディー・ガガとの再タッグも話題になったトニー・ベネットの息子、ダニー・ベネットが2017年からヴァーヴの社長に就任しています。

柳樂:実はその頃からニューオリンズのジャズにも力を入れていて。ハリー・コニックJr.という大物ジャズ歌手を迎えたり、ルイ・アームストロングのトリビュート作も発表しているんですよね。その一方でアルージ・アフタブや、若き越境的ピアニストのジュリアス・ロドリゲスなど、ハイブリッドな資質をもつ音楽家も招き入れている。

そんなふうにヴァーヴも変わり始めているタイミングで、伝統性と先鋭性というレーベルの二本柱を兼ね備えているのが、まさしくジョン・バティステ。レーベルにとっても今回の受賞は大きかったはずで、90年代からヴァーヴを支えてきたハービー・ハンコックや、『WE ARE』のライナーノーツを執筆しているクインシー・ジョーンズの後継者という見方も出てきそうです。




―最後に、今回の受賞結果について、柳樂さんの見解を聞かせてください。

柳樂:アボかど君がCINRA.NETの記事で書いていたように、グラミー賞は多くの問題を抱えているし、そこは改善されていくべきだと思います。でも、ジョン・バティステみたいな才能を評価できる環境が整っているのは羨ましいですよね。それはつまり、セールスや人気投票では評価できないものを評価する場とも言えるので。

個人的には2011年の第53回グラミー賞で、エスペランサ・スポルディングが最優秀新人賞を獲得したときを思い出しました。他の候補がジャスティン・ビーバー、ドレイク、フローレンス&ザ・マシーン、マムフォード&サンズという凄まじい顔ぶれで、エスペランサは「誰?」という扱い(苦笑)。人気投票だったら選ばれるわけがない。でも、彼女は当時すでにバークリー音大の最年少講師を務めていて、かの名門における最高傑作と見なされていた。ミュージシャンとしての才能でいえば受賞にふさわしい存在だったんです。

とはいえ、あそこでエスペランサを選んだのは、かなり凄いことだと思うんですよ。ジョン・バティステが今回受賞したのも同じくらいの意味があると思います。




ジョン・バティステ
『Jon Batiste: The Nominated Collection』
グラミー賞でノミネートされた7曲を網羅したコンピレーション・アルバム
配信:https://jon-batiste.lnk.to/TheNominatedCollectionPR


『WE ARE』デラックス・エディション
発売中
視聴・購入:https://JonBatiste.lnk.to/WEARE_DXEPR

 
 
 
 

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