ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く

ジョン・バティステ、第64回グラミー賞授賞式にて(Francis Specker/CBS via Getty Images)

 
第64回グラミー賞で最多5部門を受賞したジョン・バティステ。作曲を手がけたディズニー&ピクサー映画『ソウルフル・ワールド』でアカデミー賞も獲得し、2021年のアルバム『WE ARE』で最優秀アルバム賞の快挙を成し遂げた彼が、特別なアーティストである理由とは。そして、今回のグラミー受賞はどんな意味をもつのか。ジャズ評論家の柳樂光隆に話を聞いた。(聞き手:小熊俊哉 構成:アボかど)


「ソーシャル・ミュージック」の思想

―グラミー賞の受賞式から振り返ると、まずは「FREEDOM」のパフォーマンスが素晴らしかったですね。

柳樂:彼はいろんな側面をもつマルチタレントなアーティストじゃないですか。そういう本人の資質がキャッチーに表現されていたと思います。まずは厳粛な雰囲気でピアノを弾き始めて、ダンサーも交えたカラフルな舞台で、ポップな歌とアクションを披露したあと、ピアノの即興を短く挟んでから大団円を迎えるという。テレビ中継の向こう側に呼びかけたメッセージもよかったですし。

―「ありのままの自分を否定されてきた君を、僕がここで全肯定する。君は君のままでいい!」と言ってましたね。ジャンルに縛られないという意味でも、多様な生き方を肯定するという意味でも、まさしく「FREEDOM」なステージでした。

柳樂:途中で「立ち上がって踊ろう、お金持ちの方も一緒にどうぞ」とも言ってましたよね。「FREEDOM」の歌詞にも、“くじけてしまうのは、また立ち上がるため/(中略)これは訓練なんかじゃない/お金をかけない楽しみ以上のもの(でも気分は金持ち)”というくだりがあって。『WE ARE』収録曲の歌詞にも、格差社会を踏まえたワードが随所に挿入されている。そういう視点も備えつつ、音楽が鳴っている場においてはみんな平等、一緒に楽しもうと伝えたかったんだと思います。

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―彼は音楽を通じて、想いやメッセージを共有することに意識的ですよね。

柳樂:そうそう。ヒューマニティだったり、人と人を繋ぐコミュニケーションをすごく重視している。その話でいうと、パフォーマンスの最後のほうで客席へと降りていき、ビリー・アイリッシュがいるテーブルに飛び乗って歌ったくだりも印象的でした。

彼はもともと「ステイ・ヒューマン」というバンドを率いて、街中でピアニカを演奏したり、拡声器で呼びかけたりしながら、マーチングバンドのごとく行進するという活動を10年以上前から続けてきました。動画もたくさんアップされていますが、そこで見られる光景と同じように、ステージと客席の垣根なく歩き回るというのも、彼にとってある種のステートメントだったと思います。



―本人も「音楽が商品化される前のカタチ」と表現しているように、バティステのそういった活動は、そもそも音楽とはどういったもので、社会やストリートでどのように機能してきたのか、根源的な価値を再認識させるようなところがあるというか。

柳樂:ニューオーリンズには「ジャズ・フューネラル」という独特の儀式があって、故人をブラス・バンドの華やかな演奏とともに葬儀場から墓場まで送るんですけど、そこには街の人も演奏に加わることもあって。ニューオーリンズでは音楽はアートやエンタメではなく、コミュニティのためのものなんですよ。過去にコートニー・パインを取材したとき、「カリブ海の島々では音楽が新聞の代わりで、バンドはニュースを歌うシンガーと一緒に演奏しながら街を歩いていた。ニュースには当然政治も含まれる」と話していました。ジョン・バティステの営みにはそういう地元の文化、祖先たちの文化も含まれている。それは最優秀ミュージックビデオ賞を獲得した「FREEDOM」のMVにも顕著に表れていますよね。



―彼は至るところでニューオリンズ文化の影響と、「音楽にジャンルは存在しない」ということを話しているじゃないですか。「ニューオリンズでは音楽をジャンルという視点で見ることなく、音楽というのは人と人のつながりの中から生まれるものという意識が根付いている」といったふうに。

柳樂:だからジョン・バティステは、自分の音楽を「ソーシャル・ミュージック」と呼んでいるんですよね。そこで連想されるのが、マイルス・デイヴィスによる「俺の音楽をジャズと呼ぶな、自分がやっているのはソーシャル・ミュージックだ」という有名な発言です。

マイルスがこう語ったのは、彼の音楽観がジャンルの固定観念から解き放たれていたことに加えて、本人いわく「ジャズは白人に媚びへつらう黒人奴隷の言葉」であることも関係していたようです。マイルスは1959年、白人警官になんの理由もなく殴打され、逮捕・告発される事件も経験しています。



柳樂:かたや、マイルスと同じくジュリアード音楽院を卒業したバティステは、2020年6月にブラック・ライヴス・マター運動が巻き起こったとき、先頭に立ってデモ行進を主催。このとき発表した「WE ARE」は抗議運動のアンセムになりました。

ジョン・バティステもマイルスの言葉は意識しているはずで、その精神を受け継ぎつつ、マイルスの音楽が直接的には表現しなかった社会的メッセージや、「WE ARE」というタイトルに顕著なコミュニティとの連帯感を盛り込むことで、ソーシャル・ミュージックのあり方を再定義しているようにも映ります。授賞式のパフォーマンスには、そんな彼の魅力が凝縮されていました。

 
 
 
 
 

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