『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』自身初の傑作アルバム誕生秘話

 
『はげしい雨が降る』とキューバ危機

10月と11月にもレコーディング・セッションが行われたが、ディランはまだこのアルバムの適切な最終形を見定めかねていた。新たな方向性を模索し、フルバンドを伴ってロカビリーの録音に手を出したりしている(ディランが「電化」する3年も前のことである)。この時期のセッションから、最終的に『フリーホイーリン』に収録されることになった曲は、ミシシッピ・シークスの「コリーナ、コリーナ」のアレンジ曲と、明るい中にも苦々しさのある「くよくよするなよ」だ。これはロトロがイタリア留学の延長を考えていると聞いた後でディランが書いた曲である。

「これはラブソングではないんだよ」とディランはヘントフに述べている。「自分の気分を良くするためのセリフについての曲なんだ」。



12月6日のセッションではさらに3曲が追加され、アルバムもついに全容が見え始めてきた。「オックスフォード・タウン」は、アメリカ初の黒人大学生としてミシシッピ大学に入学したジェームス・メレディスの苦闘の物語。「アイ・シャル・ビー・フリー」はレッドベリーの「ウィ・シャル・オーバーカム」を編曲した、いささか使い回し的な1曲だ。このセッションではまた、アルバム最大のハイライトである大作『はげしい雨が降る』も生み出された。この曲は、イギリスの民謡「ロード・ランダル」からメロディと構成を借りている。

ディランはこの曲を9月22日にカーネギー・ホールで初お披露目しているが、そのちょうど1カ月後に、キューバにソビエトのミサイルが配備されていることが判明したとケネディ大統領が発表し、キューバミサイル危機が発生したのだった。ディランはこのような自己神格化のチャンスを逃がす男ではない。ヘントフに「『はげしい雨が降る』は、この世界の終わりへの脅威に対応して書いた曲だ」などと語っている。「歌詞の1行1行が全て、全く別の新曲の書き出しになっている。この歌詞を書いた時、僕にはもう、こうした曲を書く時間が残されていないと思ったので、全部を1曲にまとめたんだよ」。

アレン・ギンズバーグはこの曲を初めて聴いた時、うれしさのあまり涙を流したと語っている。「初期ボヘミアン、あるいはビート世代から次の世代にバトンを引き継ぐことができたと思えたからなんだ。それに、セルフエンパワーメントもね」



アルバム制作を続けていく中で、ディランは友達に、アルバムの出来栄えにどうも満足できないと明かしている。「古くさい曲が多すぎるんだ。ウディ(・ガスリー)のように書こうとした曲もあってさ」と彼は語っている。「僕は今、変化を経験している。もっと社会責任を追及するような曲が必要だ。僕の頭は今、そちらの方向に向いているんだよ」。そうした曲の最初が、軍産複合体を激しく批判した「戦争の親玉」だった。

Translation by Kuniaki Takahashi

 
 
 
 

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