ジョニー・デップも悪友、ポーグスの酔いどれ詩人が歩んだ愛すべき人生

ポーグス誕生までの丁寧な描写

『shane[シェイン]』でもアイルランドのティプレーリーで育った幼少期から、パンク・シーンで注目される“名物素人”になっていくまでの流れは紹介されていたが、今回はさらに突っ込んで各時代のエピソードを深堀りしている印象。彼とは切っても切れないアルコール依存のきっかけが、酒やタバコを悪と考えず子供の頃から平気で与えていた、現代の常識からすると信じられない家庭環境にあることが明らかにされていく。それに加えて、アイルランドの歴史を改めて説明しながら進むことで、シェインの作品の背景にあるものも具体的に見えてくる。

たとえば「The Dunes」(本作ではシェインが敬愛するダブリナーズのロニー・ドリューのバージョンが流れる)は、シェインが子供の頃に海辺の砂丘で遊んでいたとき、砂の下から人骨が出てきたショッキングな体験をもとにしたもの。1845年~49年にかけてヨーロッパに蔓延したジャガイモの疫病がきっかけで、アイルランドで起きた大飢饉の際に、砂丘に埋められた遺体の山の上でシェインは遊んでいたのだ。この大飢饉では、ジャガイモが不作であるにも関わらず輸出を続けさせたイギリスの政策が引き金となり、約100万人が餓死または病死したと言われている。アメリカやカナダへの移民が急増したのもこの頃で、移動中の船内で亡くなる人が続出する過酷な旅だった。そういうアイルランド人にとって忘れられない事件も、シェインは歌詞に織り込んでいる。


© The Gift Film Limited 2020

家族でアイルランドを離れてイングランドへ移住してから、シェインも“パディ”と蔑称で呼ばれ暴力を浴びる、人種差別の理不尽さに直面する。当初は友達ゼロの孤独な状況だったが、レゲエ好きの不良たちと意気投合してから、自分の居場所を見つけていったようだ。学校での成績は意外にも優秀で、奨学生に選ばれるほどの高成績だった。ちょうどその頃、「血の日曜日事件」が勃発(1972年1月)。北アイルランドのロンドンデリーでデモ行進をしていた非武装の市民がイギリス陸軍によって銃撃され、多数の死傷者が出た。ジョン・レノン&ヨーコ・オノやU2が歌った“ブラッディ・サンデイ”事件に、若きシェインも動揺。しかし、IRAに加わって運動に参加するほどの勇気はなかった。「祖国に命を捧げなかったことに罪悪感がある」と語るシェインにとって、ポーグスでの活動は自分なりの“埋め合わせ”だったという。ちなみに本作のインタビュアーのひとりは、IRAと密接な関係にあったシン・フェイン党の元党首、ジェリー・アダムズだ。

接着剤を嗅ぐ程度の非行少年だったシェインだが、やがて学校でドラッグ売買をするところまでエスカレートすると、これがバレて退学。最初の数年は憎んでいたというロンドンのストリートで、ナイトライフにのめり込み始める。パンク登場前夜のロンドンの空気を象徴するように、モット・ザ・フープルの「All The Young Dudes」やホークウィンドの「Silver Machine」を流す演出は、いかにもジュリアン・テンプル。シェインの読書家ぶりを示すエピソードで、ジェイムズ・ジョイスの話題が出た途端、すかさずシド・バレットの「Golden Hair」(ジョイスの詩をベースにしている)を流すという機転もテンプルならではだ。


© The Gift Film Limited 2020

LSDで強烈なトリップを体験してからフラッシュバックに悩むようになったシェインは、やがてドラッグ断ちをするべく病院に入院。治療を終えて退院後すぐに観たバンドが、世の中に登場したばかりのセックス・ピストルズだった。1976年のロンドン・パンク勃発時に鉢合わせたシェインは、夢中でライヴに通い詰めてシーン内で知られた存在になっていく。パンクのファンジンを編集する一方、仲間たちとニップル・エレクターズを結成。シングルもリリースしたこのバンドは、その後ニップスに改名して1981年まで活動を続けた。

しかしパンクの熱い時代は瞬く間に過ぎ去ってしまう。ニュー・ロマンティック以降に登場したシンセ・ポップ勢を気に入らなかったシェインは、ワールド・ミュージックに興味を持ったことがきっかけで、自身のルーツであるアイリッシュ・ミュージックの魅力を再発見。幼少時から家でダブリナーズのレコードを聴いて育った下地が、ここで活きてくる。パンク・ロックにアイリッシュ・ミュージックを持ち込んだ新バンド、ポーグ・マホーン(のちにポーグスと改名)の誕生だ。この『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』が恐ろしいのは、ポーグス誕生までに全体のおよそ半分、約1時間を費やしているところ。酔いどれキャラクターだけに気を取られていると見落とす、表現者としての進化過程が丁寧に描かれている。

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