The 1975密着取材 マシュー・ヒーリーが探し求める「本物の愛」

10年前、マシューはコンピューターが生み出したノイズが楽曲に乗っているのに気づいて驚き、その生成過程について考えを巡らせていた。今ではもう気にも留めなくなったのは、基本的なプログラムを所有していれば誰でもそのノイズを作り出せるようになったからだ。「一般の人にないものと言えば……」と話しながら、彼は指を折り始める「スタジオの使い方に関する知識、バンドとして20年間一緒に曲を書いて演奏した経験、それによって培われたものを形にするスキル。そういうのを持ってる人はそんなにいないはずだよ」。要するに、新作で彼らはバンドとしての基本に立ち返ったということだ。「自分が得意なことにフォーカスすること。今はみんながそれを意識していると思う」。そう話す彼は、アスリートのレース観戦を例として挙げる。「クリストファー・ノーランに撮らせたって、100メートル走の面白さは変わらない。なぜなら観衆は、優れた人間による優れたパフォーマンスを見たいだけなんだから。何の分野であれ、これからは極端なクオリティというものが必要とされなくなると思うんだ」

余分なものを排除する目的で、彼らはニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオと、ピーター・ガブリエルが所有する英国バースのリアル・ワールド・スタジオでレコーディングを行った。後者はマシューの自宅と似ていると言えなくもない。石を基調とした造りで天然素材やガラスパネルが多く使われたその空間は、光・空気・水を感じさせる。マンチェスターに住んでいた子供の頃、彼は寝室に同スタジオのコントロールルームの写真を飾っていた。そのアプローチを強化する目的で、マシューとジョージは制作の終盤になって、ジャック・アントノフを共同プロデューサーとして迎えることにした。「いろんな話をしたけど、トピックの1つは『マッチョとタフの微妙なライン』だった。僕らが作りたかったのは、決してマッチョではないけど、タフで成熟していてリアルなものだったから」。マシューはジャックとの作業についてそう話す。

デビューアルバムが話題になっていた頃、ジョージはThe 1975の音楽が受け入れられている理由の1つが、リスナーそれぞれに語りかけているかのようなマシューのソングライティングであることを悟った。「今回のアルバムではそこに回帰し、純度を高めようとした」。ジョージはメールでの取材にそう答えている。



結果として生まれたのが、『Being Funny in a Foreign Language』(邦題:外国語での言葉遊び)だ。過去の全アルバムの冒頭を飾ってきた「The 1975」を含む全11曲で構成された同作は、これまでで最も短いアルバムとなった。意図したのは、最初から最後まで通して聴いてもらうということ。2022年の秋にアメリカ、2023年初旬にイギリスでの開催が予定されている同作のリリースツアーの内容について、彼らは今アイデアを練っているところだ。ここでも「親密さ」がキーワードになっており、バックに掲げられた大型のLEDスクリーンに明確なメッセージが映し出されていた過去のツアーの対極にあるようなものになるだろう。「IMAXみたいなのじゃなく、小さな劇場にいるように感じられるショーにしたい。IMAXだと、みんなショーの途中に平気でトイレに行くから」とマシューは話す。

目の前にあるものに全神経を集中させるというコンセプトが、このプロジェクトの核であることに、マシュー自身も後になって気づいたという。「このレコードのキャンペーン用に撮った写真をチェックしてた時、メンバー全員がカメラ目線のものはどれも気に入らなかった。でも何か注意を引くものがあって、全員の意識がそっちに向かっている写真にはすごくピンときた」と彼は話す。「これはそういうレコードなんだ。説教がましいものじゃなくてね」。マシューにとって、それはタイムレスであることを意味している。5作目にして初めて、彼らはアルバム然としたアルバムを作り上げた。

Translated by Masaaki Yoshida

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