The 1975密着取材 マシュー・ヒーリーが探し求める「本物の愛」

大抵の場合、問題に直面した愛とは、現代における男らしさ(masculinity)という概念の危機と同意義だ。思いを寄せる女性と交際できない男性の末路を描いた『ブラック・ミラー』のエピソードにマッチしそうな、ダークでアップビートな80s調の「Looking for Somebody to Love」には銃乱射事件や暴力の描写が見られる。“どう押せばいいのか教えてよ 突き飛ばすっていう言葉が若者には不似合いだと思うのなら / すでに終わりが見えてる 愛すべき人を探してる”マシューはそう歌う。倒錯したマスキュリニティの重からぬ一面は、先行シングルの「Part of the Band」にも現れている。“男友達が好きな理由はコーヒーが好きな理由と同じ / 豆乳をたっぷり入れたすごく甘いコーヒーが嫌いな人はいない”



男性というトピックが持ち上がると、マシューはジェイミー・オボーンに電話をかけ、自分を見張りに来てほしいと言った。「何を見張ればいいんだ?」。キッチンにいたジェイミーはそう訊ねる。「僕が馬鹿げたことを口にしないかどうかだよ」。マシューはそう話し、巨大なシガレットホルダーを開けながら筆者にこう言った。「これはミュージックビデオの撮影用の小道具で、僕が普段から使ってるものじゃないからね」

我々は見過ごされている危険な男らしさや暴力が存在する一方で、豆乳たっぷりで無害かつ当たり障りもない男性も存在するという事実について話し合った。アンチフェミニストを標榜し過激化する若い男性たちが急増するなかで、正しい男らしさを示すには何をすればいいのか? 「左翼よりも右翼の方が若い男性たちをうまく囲い込んでることは知ってる。典型的な左派である僕のような人間には、不思議に思えて仕方ないよ。左派には正しい男らしさっていう概念が見当たらないけど、右派にはものすごく明確な形で存在してるから」とマシューは話す。

そういった若者たちのイマジネーションを惹きつけているのは、家父長制という古びた概念の明快さであり、代替案の欠如はその傾向を後押ししている。ポップカルチャーのメインストリームにおいては、狂信的なファンやソーシャルメディアのユーザーたちから崇められる男性のスターがドレスやスカート、あるいはマニキュアを身につけることで無数のウェブサイトのヘッドラインを独占しているが、ジェンダーやセクシュアリティに関する問題についての考えを公にしていなければ、それらは単なるジェスチャーに過ぎない。「『男らしくあること』を解体のメタパフォーマンスの一部と捉えていない男性が考える、正しい男性像ってどういうものなんだろう」とマシューは問いかける。「男らしさの様々な形の中で、世間から唯一讃えられているのはその概念を解体しようとするものだ。要するに、ドレスを着ることさ。理想的な男性像のイメージを破壊しようとし、その姿勢が讃えられていなければ、男らしくあろうとすることに意味なんてないのかもしれない」

こういった部分はThe 1975らしさ全開だが、「感傷的」で「ナイーブ」かつダイレクトなアルバムの側面は驚きに満ちている。マシュー自身でさえ、アルバム全編を通して聴くと、シニカルさがない楽曲に違和感を感じることもあるという。エレキギター、ピアノ、ストリングスで奏でられる静謐なバラード「All I Need to Hear」で、彼は心から愛した人にこう歌いかける。“愛していると言ってくれ、僕に必要なのはそれだけだから”。アルバムの最後を飾るカントリー調の「When We Are Together」でも、彼は切実な思いを告白している。“僕が未来に希望を感じられるのは君と一緒にいる時だけ”



後半のこういった曲群で描かれているのは匿名のロマンスではなく、色褪せた美しさと穏やかなリアリズムを宿した身近なドラマだ。「何かについて理解すると、誰もが失望する。僕もそうだし、人生もそうだ」。マシューはチャーリー・カウフマンの映画『脳内ニューヨーク』の一節を引用する。「アインシュタインが唯一論文にできなかったテーマがあるとしたら、それは恋愛だと思う。もしできていれば、大勢の人を救えただろうにね。それぐらい難解なんだ」

異性規範的でやや時代遅れの感はあるが、恋愛に関する本の中ではお気に入りの一冊であるエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んだことがあるかと訊ねてみる。ノーと答えた彼に、筆者はその概要を説明した。愛とは感情ではなく実践するものであり、訓練とコミットメントと関心を必要とすること。「著者は手のつけようがない女性と付き合っていて、その本を書かずにはいられなかったのかもしれないね」。そう話すマシューは、フロムになりきってこう言った。「いや、きっと大丈夫。何とかなる。彼女はいい子だから。本当に」

彼はおどけながらもフロムに同意し、愛とはメンテナンスとコミットメントだと主張する。いつものように、彼はトピックを音楽と結びつける。「インスピレーションは勝手に降ってくるわけじゃない。愛は向こうからやって来てくれるわけじゃない。それを手にするには、いつだって自分から出向いて掴まなくちゃいけないんだ」と彼は話す。「スタジオに行って、4時間くらい不毛な時間が続く。聞き飽きた音ばかり鳴らすキーボードのオシレーターを誰かがうっかりいじった瞬間、ハッとするサウンドが出る。『今のはなんだ?』って反応した途端にスイッチが入り、クリエイティビティが溢れ出してくる。要するに、何かが生まれる状況は主体的に作り出さなきゃいけないってことだよ。じっとしているだけじゃ何も始まらないんだ」


Matty wears suit by Dior, vintage shirt by Raf Simons and vintage boots, Matty’s own (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

我々がいる部屋の天井には、黒の正方形のカンヴァスが取り付けられている。因藤壽によるその作品は、マシューが世界で一番好きな絵だという。「シビルエンジニアだった彼は、広島に向かう電車に乗り遅れてしまった。予定通り広島に向かった仲間たちは、みんなそこで被曝してしまった」。マシューは作者の背景についてそう説明する。「彼はその出来事に向き合えずにいた。仕事を辞めた彼は毎日自宅の庭で、まるで儀式かのようにカンヴァスを深紫のラッカーで染めるようになった。そのシルクスクリーンの作品を、彼は1年間にわたって毎日作り続けた。その色はやがて黒へと変色していくんだ。悲しみの表現としてのその行動だけを1年間続けた結果、それは絵画ではなくそのメタファーになった。でも誰が何と言おうと、これは絵画なんだ。そのパラドックスがどこから来ているかというと……クソ、一体どこから来てるんだろうな」

>>>【後編はこちら】The 1975のマシュー・ヒーリーが見つけた「希望」 アートの可能性とバンドの未来を語る


From Rolling Stone UK.

Photography: Samuel Bradley
Fashion direction: Joseph Kocharian
Styling: Patricia Villirillo
Makeup: Elaine Lynskey
Hair: Matt Mulhall c/o Paula Jenner @ Streeters
Photo Assistant: Stephen Elwyn Smith
Styling Assistants: Nelima Odhiambo & Rafaela Roncete
Lighting Assistants: Kiran Mane & Emilio Garfath
Studio Assistant: Oak McMahon




The 1975
『Being Funny in a Foreign Language』
2022年10月14日リリース
再生・購入:https://the1975.lnk.to/BFIAFL_JP


The 1975来日公演
神奈川 2023年4月26日(水)ぴあアリーナMM
神奈川 2023年4月27日(木)ぴあアリーナMM
愛知 2023年4月29日(土)Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
大阪 2023年4月30日(日)大阪城ホール
詳細:https://www.creativeman.co.jp/artist/2023/04the1975/

Translated by Masaaki Yoshida

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