ローリングストーン誌が選ぶ、2022年の年間ベスト・ムービー22選

20位『あのこと
12月2日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他 全国公開中


IFC FILMS



舞台は1963年のフランス。前途有望な大学生のアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、望まない妊娠をしたことを知って動揺する。1960年代といえば、フランスに限らず、当時のヨーロッパでは人工妊娠中絶がまだ違法とされていた時代。アンヌは産婦人科の医師や大学の教授といった男性の権力者たちに相談するが、法律違反で逮捕されることを恐れる医師たちは誰ひとりとしてアンヌに手を貸そうとせず、教授たちからも見放されるうちにアンヌは切羽詰まった状況に追い込まれていく。オードレイ・ディヴァン監督によって映画化された本作が(原作はノーベル賞作家アニー・エルノーの小説『事件』)、アメリカの連邦最高裁判所によって人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める「ロー対ウェイド判決」が覆されたのと同じころにアメリカで劇場公開されたのは、きわめてタイムリーなことだった。公開時期にかかわらず、女性が自分の身体に関することを自分自身で選択できる権利が脅かされていることを本作が痛烈に糾弾していることに変わりはない。ディヴァン監督の沈黙と余白を巧みに操る手腕をはじめ、ゆったりとしたペースから急激な展開によってオーディエンスを裏切る才能、まるでテレパシーかと思わせるくらい見事なアナマリア・ヴァルトロメイとの信頼関係によって本作は数々の映画賞を受賞し、卓越した芸術作品としての地位を瞬く間に確立した。

19位『32 Sounds(原題)』

FREE HISTORY PROJECT



サンフランシスコのベイエリアを拠点に活動するドキュメンタリー映画監督のサム・グリーン(代表作は2002年のドキュメンタリー映画『The Weather Underground(原題)』)がカメラのレンズとブームマイクを向けて音の世界を探求した。エッセイ映画として、さらには没入型のライブイベント向けの素材として制作された本作は(どちらにしても素晴らしい仕上がりだ)、音声——自然のものであれ人工のものであれ——の役割がただ私たちを巨大な音の世界へと誘うだけではないことを教えてくれるユニークな作品だ。当然ながら、前衛ミュージシャンやアーキビスト(文書管理の専門家)、科学者といった専門家たちも参加している。その一方で、本作は記憶というテーマにも触れる——外国暮らしの人が昔のディスコソングの断片を聴いて故郷を思い浮かべたり、留守電に残された古いメッセージが誰かに取り返しのつかない喪失を思い出させたりするように。それだけでなく、本作は大胆にも「誰もいない森の中で木が倒れたら、音はするのか?」という哲学的な問いにも答えようとしている。答えはもちろん「イエス」だ——条件は、その音を再現できるプロのフォーリーアーティスト(音響効果技師)を雇うこと。本作は、遊び心がありながらもディープな作品だ。絶滅したキモモミツスイが求愛する時の鳴き声でオーディエンスを深く感動させられる映画は、本作以外に存在しないのではないだろうか。

18位『プレデター:ザ・プレイ
Disney+にて視聴可能






ダン・トラクテンバーグ監督が放つ「プレデター」シリーズ最新作『プレデター ザ・プレイ』は、絶大な人気を誇る同シリーズの世界観をただ拡大するだけの作品もなければ、知的なアプローチによる回り道でもない。本作はどちらかというとB級映画の最高傑作と呼ぶに近い、サバイバル、スリラー、スラッシャー、プロトウエスタン、ファイナル・ガールの要素がすべて盛り込まれた作品だ。アイコニックなエイリアンとそれを追うネイティブ・アメリカンの部族を描いた本作は、製作陣の狙い通りの見事な作品に仕上がっている。宇宙でもっとも危険な戦士プレデターを1719年のコマンチ族の世界に送り込むことで、本作はフラッシュバック(“新世界”から襲来する、ありとあらゆる形態の侵略者との類似点を引き出して比較していることは言うまでもない)を駆使しながら「プレデター」シリーズに新しい命を吹き込み、アンバー・ミッドサンダー扮するナルという最高峰のアクションヒロインを生み出した。エイリアンとアートの融合を描いた異色のアクション大作だ。

17位『生きる-LIVING
2023年3月31日(金)より全国公開


ROSS FERGUSON/NUMBER 9 FILMS



『ラブ・アクチュアリー』(2003)でお馴染みのビル・ナイに拍手を! 黒澤明監督の不朽の名作『生きる』(1952)を1950年代のロンドンを舞台によみがえらせた『生きる LIVING』においてナイは、抑えられた見事な演技を披露しただけでなく、余命半年であることを医師から宣告された公務員(原作でこの役を演じたのは名優の志村喬)という役柄にオリジナリティを添えた。オリヴァー・ハーマナス監督によるこの完璧な歴史映画では、何よりもまずナイの名演が光るが、オープイングクレジット(当時の映画のヴィンテージ感を再現している)から『日の名残り』(1989)などで知られるノーベル賞作家カズオ・イシグロによる脚本、さらにはトム・バークやエイミー・ルー・ウッドといった最高の共演者に至るまでのありとあらゆる要素が、高度なスタイルと物語の充実感が一致する、という稀有な瞬間を生み出している。観る人の心を打つ、限りなく優美な作品だ。

16位『X エックス
2022年夏、公開終了。各社配信などで視聴可能。


CHRISTOPHER MOSS/A24



グランジ感満載のクレイジーな70年代ホラー映画にオマージュを捧げる映画監督はごまんといる。だがそのなかでもタイ・ウェスト監督が放つ『X エックス』は、もし『テキサス・チェーンソー』(2003)と同時代に公開されていたのであれば、グラインドハウスでの見事なダブルビルが実現したと思わずにはいられないような素晴らしい作品だ。映画の舞台は1979年のアメリカ・テキサス州。ある日、3人組のカップルがポルノ映画を撮影するために人里離れた農場を訪れる。だが農場の所有者である信心深い老夫婦は、性の解放を謳歌する背徳者たちの存在を歓迎しない——というか、どうやらそのうちのひとりは、殺意のようなものを感じているようだ。本作が単なるスラッシャー映画の領域を超えているのは、ありのままの素材を巧みに使ったウェスト監督の鋭い感性に依るところが大きい。熱を帯びた裸体と生温かさの残る死体が繰り広げる凄惨なシーンにもかかわらず、「自分にふさわしい人生を生きられなかった」という悔恨のようなものが作品全体を通して感じられる(ウェスト監督と本作に出演したミア・ゴスが共同で脚本を執筆した、本作に負けないくらいグロテスクな秀作『Pearl(原題)』[本作公開の数カ月後に公開された前日譚]も要チェック)。

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