ローリングストーン誌が選ぶ、2022年の年間ベスト・ムービー22選

4位『Till(原題)』
日本公開未定


LYNSEY WEATHERSPOON / ORION PICTURES



1955年、米ジェット誌に掲載された1枚の写真が全米に衝撃を与えた。写真には、蓋のない棺に横たわる、エメット・ティルという14歳の黒人少年の無残な亡骸が映し出されていたのだ。少年はリンチによって殺害された。『クレメンシー』(2019)のシノニエ・チュクウ監督には、この写真が全米を駆け巡った背景と黒人少年の誘拐殺人が公民権運動の引火点のひとつとなった経緯をシンプルに語るという選択肢もあったはず。だがチュクウ監督は、シカゴ出身のエメット少年(ジャリン・ホール)が自由奔放に街を駆け回ったり、母親メイミー・ティル・モブリー(『Station Eleven』のダニエル・デッドワイラー)と一緒に過ごしたりする姿を活写することを選んだ。そうすることで、アメリカ近代史における重要な転換点とされた事件を人間の物語として再提示しているのだ。残虐極まりない事件を再訪したことによって、その後の喪失と悲しみがより一層際立つ結果となった。チュクウ監督は、その鋭い感受性を自然に駆使しながらエメット少年の死に向き合う。本作は、人種的不正義をめぐる昨今の痛ましい事件の生々しい傷跡に触れながらも癒しの必要性を説いているわけではなく、息子を失った母親の視点から物語の悲劇性を語っているのだ。さらに本作の素晴らしさは、感情をさらけ出したダニエル・デッドワイラーの名演と先見性に裏打ちされている。

3位『別れる決心
2023年2月17日(金) 全国公開


YOUNGUKJEON




生真面目な刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と転落死した男、その男の美しい妻で容疑者のソレ(『ラスト、コーション』のタン・ウェイ)をめぐるラブストーリー『別れる決心』は、映画界が誇る鬼才パク・チャヌク監督のこれまでの作品と比べると抑えられた印象を受ける。それでも、ヒッチコック監督の『めまい』(1958)の影響が垣間見られる本作には、あっと驚く視覚的なファンファーレが目白押しだ。それでも本作では、フランスの残酷演劇グランギニョールのような世界を離れて、容疑者に執着するあまり刑事ヘジュンの正義感が徐々に崩れていく様子に焦点が置かれる。本作はラブストーリーであると同時に悲しい宿命を描いたネオ・ノワール作品でもあるが、2022年でもっともロマンチックな映画であることは確かだ——たとえチャヌク監督と脚本を手がけたチョン・ソギョンが中盤で物語をリセットしたとしても。新たな舞台で繰り広げられる、毎度お馴染みの狂おしい愛というギャンブルによって、物語の悲劇性がより一層際立つ。本作においてチャヌク監督は、優しさを描くためにあえて残虐さを選択した。その効果は絶大だ。

2位『Lingui, the Sacred Bonds(英題、原題:Lingui, les liens sacrés)』
日本公開未定


MUBI

15歳のマリア(リハネ・ハリル・アリオ)は、自分が望まない妊娠をしたことに気づく。父親は誰かわからない。マリアは人工妊娠中絶を望むが、母国チャドではイスラム教の掟だけでなく、法律でも禁止されている。マリアの母親アミナ(アシュア・アバカ・スレイマ)——彼女自身も望まない妊娠の経験者であり、それに伴う社会的評価の低下を身に染みて経験している——は、自分たちのコミュニティから排斥されたとしても、あらゆる手を使って娘を守ることを決意する。『終わりなき叫び』(2010)で知られる映画界のレジェンド、マハマト=サレ・ハルーン監督の『Lingui, the Sacred Bonds(英題)』は、母と娘の物語を道徳的な寓話と熱烈な抗議、そして形式主義の傑作へと昇華させた。本作における構図と色彩、雰囲気の使い方は他に類を見ない。それだけでなく、法律を犯すことの緊迫感を保ちながら、物語に登場しては退場していく女性たちの“聖なる絆”を見事に称えている。彼女たちが立ち向かう状況が困難であるからこそ、観る人は深く感動する。

1位『砂利道』
日本公開終了

KINO LORBER



パナ・パナヒ監督——『No Bears』で紹介したジャファル・パナヒ監督のご子息——の長編デビュー作『砂利道』が幕を開けると同時に、オーディエンスは進行中の家族旅行の真っただ中に投げ込まれる。ヒゲ面の気難しい父親(Hasan Mujuni)は、ギプスを巻いた足を引きずっている。母親(Pantea Panahiha)はいつも不安そうで、少しおせっかいなところがある。ハンドルを握るのは、読書家の長男(Amin Simiar)。後部座席では、次男(Rayan Sarlak)が大騒ぎしている。一家がどこを目指して車を走らせているかは謎に包まれている。それどころか、最初のうちは本作がいったいどのタイプのロードームービーなのかもわからない。

だが、パナ・パナヒ監督によって他のジャンルの多種多様な要素——家族ドラマから政治的アレゴリー、さらにはデッドパンといったコメディ要素から涙を誘う悲劇に至るまで——が見事に溶け合うことで、オーディエンスは目的地よりも旅という行為のほうが重要であることに気付かされる。ませた6歳の次男の行動を見て腹を抱えて笑ったり、新婚カップルが繰り広げるビッカーソン夫妻風のやりとりにクスッと笑ったりしている時でさえ、シェイクスピアの言葉を借りて「別れはこんなにも甘く切ない」と言いたくなる。昔からイラン映画と車は切っても切れない関係にあり、子供が語り手の役割を担うことも多い。だが、これほど見事にオーディエンスを抱腹絶倒させると同時に感動させる作品は貴重だ。そしてついにこの旅の目的がわかる時、オーディエンスは助手席側の窓外を終始意味深な体制批判が通過していたことを知る。2022年において、本作ほど優美で予想を裏切ってくれる別れの物語は存在しない。映画を観ることの歓びをしみじみと感じられる、完璧なペース配分と美しいコンポジションに支えられた冒険旅行である。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE