ボーイジーニアス独占取材 世界を揺るがす3人の絆とスーパーグループの真実

 
ジュリアン・ベイカーの葛藤と信念

ベイカーは浜辺で丸一日過ごすタイプではない。テネシー出身の彼女は、これまでの人生でビーチを訪れたことが片手で数えられる程度しかないというが、それくらいでいいのかもしれない。マリブでの作曲合宿の時に、波が高すぎるからやめた方がいいというブリジャーズの助言を無視して、ベイカーは泳ぎに出た。「水面から顔を出して十分に息を吸う間もないくらい、波に飲まれっぱなしだった」と彼女は話す。「自分の中の逞しい部分が『私は十分に鍛えられてる。これくらいの波なんてどうってことない』と主張してたけど、実際はそうじゃなかった。下手すれば溺れてたと思う」

海の中でもがきながら、死を意識した瞬間もあったという。「死に方としては悪くないかもしれない、本気でそう思った。残された人々にトラウマを与えるような、孤独で暴力的な終わり方じゃないし、悲惨な病気に体を蝕まれるわけでもない。私はビーチで友達と楽しい時間を過ごしてたわけだから。子犬に窒息死させられるようなものだって思った」

その出来事は、『the record』の中でも突出してロック色の強い「Anti-Curse」を生み出した。同曲でベイカーは、イースターエッグをいくつも折り込みながらあの日のことを振り返る。“肺に入り込んだ塩”というラインは、ダッカスが歌うボーイジーニアスの曲「Salt in the Wound」を思わせるが、後半にはブリジャーズの「Savior Complex」のメロディが出てくる。「これぞライトモチーフ!」とベイカーが声を上げる。さらに、彼女は同曲でブリジャーズのお気に入りであるジョーン・ディディオンの「こんなにも若い人がいただろうか」というフレーズを引用している。

カリフォルニアらしからぬ曇り空の日の朝、筆者は『Abbey Road』をリピート再生しているベニスのカフェでベイカーと会った。黒のスキニージーンズはドクターマーチンのブーツの全体が見えるくらいまでロールアップしており、ハンターグリーンのジャケットの胸ポケットには、ノルウェーのブラックメタルバンド、メイヘムのワッペンが貼られている。袖からのぞいている拳の一方には「Hard」、もう一方には「Work」の文字が刻まれている。彼女の後方に1匹の蜂が寄ってきた時、ベイカーは穏やかな声でこう言った。「あなたの住処の上に家を建てちゃってごめんね」

取材の場にこのカフェを選んだ理由は、この店がベイカーのお気に入りであるエスプレッソトニックを出すからだ。去年3月に建てたテネシー州グッドレッツビルの家にいる時、彼女はアンゴスチュラビターズのオレンジにシンプルなシロップを混ぜ、オレンジのスライスを乗せているという。料理が好きで、サーモンの照り焼き、ツナステーキ、テラピアとハタのタコスなど、シーフードと野菜のグリル料理を好んで食べる。3年間交際を続けているマライア・シュナイダーは、パンを焼くのが得意だそうだ。

飼っている2匹の犬の話をする時、ベイカーは自然と笑顔になる。「私は典型的なクィア女性で、すぐに犬の話題にしようとしてしまう」と彼女は話す。「50歳になった時、ピットブルの保護施設かなんかを運営してるような気がする」



ハードコアなファンは、焼けつくようなギターから胸を揺さぶる簡潔なフレーズまで、ボーイジーニアスの曲におけるベイカーの役割を瞬時に理解するだろう。『the record』の2曲目「$20」は、ヘヴィなリフと“バッド・アイデアだと分かっていても、私は乗り気”というラインで幕を開ける。ベイカーは同曲のテーマについて、「抑え込もうとしている、熊を指でつつきたくなるような欲求」だとしている。またこの曲は、ベトナム戦争への反対を示したバーニー・ボストンの写真「Flower Power」へのオマージュでもあるという。「子供の頃に感じてた、人生に対する不満や葛藤と外界の間で生まれる摩擦を思い出した」と彼女は語る。「私は子供の頃から、そういうことに関心を持ってた。グリーン・デイの曲を聴いて、『ジョージ・ブッシュを辞めさせろ! 戦争反対! 石油のために誰かが血を流すなんて間違ってる!』と叫んだりしてね。両親は『10歳の子供が何言ってんの』って呆れてたけど」


BAKER: TOP BY NONG RAK. SKIRT BY CONNER IVES. WRISTBANDS, STYLIST’S OWN. BRIDGERS: TOP BY MARNI. SCARF WORN AS SKIRT BY GENE MEYER. TIGHTS BY PUCCI. SHOES BY DR. MARTENS. DACUS: TOP BY ETRO. SCARF WORN AS SKIRT BY GENE MEYER. SOCKS, STYLIST’S OWN.

メンフィスの福音派の家庭に生まれたベイカーは、幼い頃から自分がゲイであることを自覚していた。「バイブル・ベルトの町に生まれ、教会の重圧を肌で感じていた私たちは、互いに共感できる部分がたくさんある」。ミシシッピでクリスチャンの家庭に生まれたヘイリー・ウィリアムスはそう語る。「誰とでも共有できる話題じゃないけど、突出した知性の持ち主である彼女とは、ごく自然にそういう話ができる。それに、彼女はぶっ飛んだユーモアセンスの持ち主でもあるんだ」

オピオイド中毒を克服した直後から、ベイカーはストレートエッジのハードコアシーンにのめり込むようになった。デビューアルバム『Sprained Ankle』と2017年作『Turn Out the Lights』リリース時の取材の場で、彼女は薬物を絶っていることを明言していたが、その後「自分の信念と価値観を根本から改めることにした」と語っている。「その一環として、こう自分に問いかけた。『私がずっと素面を貫いているのは心身ともに健康でいるためか、それとも極端なことに執着する性格のせいなのか?』。オール・オア・ナッシングってこと。私は素面でいるべきだと思ってる。意志を貫くのは容易じゃないし、常に謙虚であり続けないといけない」

ベイカーは名声をどのように捉え、『the record』のリリースによってより多くの注目を集めることをどう思っているのだろうか。「すぐ怖気づきそうになるのは、自分が田舎者だっていうコンプレックスのせいだと思う」。場所を変え、近所の小さなレストランの席についたベイカーはそう話す。「でも規模が違うだけで、それが自分の仕事だってことは理解してるから。自分の人生をコントロールするために、グリップはしっかり握れていると思う。普段よりも大きな会場で演奏するっていうだけで、家に帰れば近所の家の芝刈りを手伝うっていうのは変わらないし」

彼女はメニューに目を通している。「サンタバーバラ産のウニも追加しようかな」と彼女は言った。「ウニを乗せてトースト? まだ11時だし、そんな冒険心はないかな」

Translated by Masaaki Yoshida

 
 
 
 

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