永瀬正敏が語る、信じる道を歩き続けてきた男の美学

物語はバンドのリーダー、アニマルが金に困ってイチにバンドの再結成を持ちかけるところから始まる。セッション・ミュージシャンとして暮らしていたイチは、困惑しながらも再びパンクに正面から向き合おうと決意。アニマルとイチは元メンバーに声をかけていくが、ギタリストのハルは酒に溺れてボロボロになっていた。そして、次第に浮かび上がっていくイチとハルの微妙な関係。そこにはハルのモデルになったマリと藤沼の関係が投影されている。

「僕は藤沼さんにマリさんのことを聞いたことはないんですけど、藤沼さんがマリさんのことを話している時と他のメンバーのことを話している時って、醸し出している空気みたいなものが違う気がするんです。どう違うのかは具体的に言えないんですけど、それを表現するのがイチを演じるうえでのポイントかなって思いました。この映画は亜無亜危異のことを描いているだけじゃない気がしていて、そう思う理由のひとつがイチとハルの関係なんですよね」

確かに本作で胸を打つのは、久し振りに再会した友達との関係だ。再会した瞬間に通じ合うものもあれば、通じ合えなくなってしまったこともある。子供の時のように無邪気な関係ではいられない。

「でも、再会できるだけ幸せなんですよ。僕は10代から20代の頭にかけて、ずっと一緒に過ごしてきた友達が突然いなくなってしまった。もう距離を縮められない。一緒に何かを共有できないもどかしさがある。だから、年代も関係性も違うけどイチとハルの関係はなんとなくわかる気がしました」

永瀬の突然いなくなった友人とは、88年に亡くなったヒルビリー・バップスの宮城宗典のことだろう。イチにはそうした永瀬の個人的な思いも反映されている。また、バンドが再結成する、いい大人が歳をとって出直す覚悟も、この映画から伝わってきた。カート・コバーンは自殺する時、「錆びつくよりも燃え尽きたほうがいい」というニール・ヤングの曲の一節を書き残したが、この映画は錆びついた後、どう生きるのか、という物語でもある。カートやシド・ヴィシャスのように一瞬の輝きを放って燃え尽きる者もいれば、イギーのように傷だらけになりながら生き続ける者もいる。



「40歳になった時、友達でドラマーの中村達也くんに『タトゥーを入れたいんだけど誰か紹介してよ』って頼んだんです。達也くんは身体中にタトゥーを入れているから、いい人を知ってるんじゃないかと思って。そしたらダメ!って。『イギーはひとつもタトゥーを入れてないけどカッコいいだろ』って言われたんです。僕の仕事のことを考えて止めてくれたんだと思うんですけど、話を聞いてなるほどなって思いました。イギーはタトゥーの代わりに身体中傷だらけ。タトゥーという形にとらわれないで、傷だらけになりながら音楽を続けていることのカッコよさってあるなって思いました。映画でアニマルが『今の俺たちの方がカッコいいじゃん!』って言いますけど、一瞬で燃え尽きるカッコよさと続けることのカッコよさ、その両方を感じられる人になりたいと思ってます」

そんな永瀬に俳優をやめたいこと思ったことはあるかと尋ねると「一度もない」と即答した。

「デビューして5年くらい仕事がない時があったんですけど、やめようとは思わなかった。ずっと映画を信じてたんですよね。金がなくても毎日映画を観てたし、また映画に出られるのを楽しみにしてた。自分には役者しかできませんからね」

煙草の煙の向こうに、信じる道を歩き続けてきた男の優しい眼差しがあった。日本を代表する俳優でありながら、10代の頃と変わらず映画をひたむきに愛し続ける永瀬もまた、“本物”の一人だ。



『GOLDFISH』
出演:永瀬正敏 北村有起哉 渋川清彦/町田康/有森也実
監督:藤沼伸一
3月31日(金)シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開



永瀬正敏
相米慎二監督『ションベン・ライダー』(1983年)でデビュー。1990年にジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』に出演し、注目を集めた。山田洋次監督『息子』(1991年)では数々の演技賞に輝き、メジャーからインディーズまで作品の規模を選ばず活動。足立紳監督『雑魚どもよ、大志を抱け!』が公開中。


Styling = Yasuhiro Watanabe
Hair and Make-up = Katsuhiko Yuhmi (THYMON Inc.)

コート¥433,400、シャツ¥173,800、パンツ¥323,400(YOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモトプレスルーム/TEL: 03-5463-1500)、その他スタイリスト私物

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