デンゼル・カリーが語る、強さの理由「何者かになるために自分を失ってはいけない」

デンゼル・カリー。フジロック1日目のWHITE STAGEに出演した。(Photo by Kana Tarumi)

フジロック1日目、WHITE STAGEに立ったデンゼル・カリー。あらゆるジャンルを吸収しながら、リアルなヒップホップを堂々と体現し、気迫に満ちたステージングと爆発力でオーディエンスを熱狂させたのだった。

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ー前回のインタビューで日本文化への愛をたっぷり語ってもらいましたが、今回の来日ではライブ以外に何をしてますか?

デンゼル:渋谷をブラブラしたり、友達に会ったり。前回来日した時に知り合った人に会いに行ったりしたよ。そういえば、日本人のラッパーとも新しく知り合いになった。あとはレコードバーに行ったり、一晩中日本酒を飲んだり…… その日はちょっと飲み過ぎたけど。

ーそういえば今年3月くらいに、格闘家の平本蓮から空手を教わったと彼のInstagramで見ました。一体なにがあったんですか?

デンゼル:マイアミに住んでる友達が彼のマネージャーと知り合いで、友達伝いで知り合ったんだ。彼に極真空手を教えてもらって、スパーリングもしたよ。

ー『Melt My Eyez See Your Future』のリリースから1年以上が経過しましたが、ライブなどの経験を通じて、今このアルバムをどのように振り返りますか?

デンゼル:『Melt My Eyez See Your Future』は、ここ数年で変化してきた自分の姿が映し出されたアルバムなんだ。2年間のパンデミックでの生活で感じたことや、目指すべき自分像への問いについて。アルバム制作を通して多くのことを学んだよ。当時は集中すべきことがたくさんあって、そのために自分を知る必要があった。ずっと表現したかったことが形になった、パーフェクトなアルバムだと思う。



ーニューシングル「BLOOD ON MY NIKEZ」がリリースされました。曲もMVもキャリア初期の作品(『Nostalgic 64』や『Imperial』)を想起させますが、なぜそのような曲を今リリースしようと思ったのでしょう?

デンゼル:正直なところ、特に理由はない。その時に作った曲の中でベストだった。音楽を世に届けることが俺の役目で、そうやって世界と繋がっていたい。ただ曲をリリースしたかったっていうのと、あの曲には自分がうまく表現されていたんだ。



ー『Nostalgic 64』のリリース(2013年9月)からもうすぐ10周年。この10年の間に、あなたの中で変わったもの、変わらないものをそれぞれ教えてください。

デンゼル:環境は大きく変わったよ。『Nostalgic 64』を作っていた時は17〜18歳だった。当時は父と兄とキャロルシティに住んでいて、当時はレイダー・クランにいたんだ。その後レイダー・クランを脱退し、俺は一文無しになったんだ。もし、アルバムを作らずにフリーのミックステープを作っていたら、今でも一文無しだったんだろうな。



ーもちろん、ラッパーやミュージシャンとしてのスキルはこの10年間で大きく進化したと思いますが、最近はラップするうえでどんなことを大切にしていますか?

デンゼル:何者かになるために、自分を失ってはいけない。いつも自分であり続けること。変わってると言われようが、くだらないと言われようが、どんな時でもその言葉を言い聞かせてる。どうやっても他人にはなれないし、自分であることだけが最高の自分になれる。


Photo by Kana Tarumi

Tlansted by Miho Haraguchi, Natsumi Ueda

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