サム・ウィルクス&ジェイコブ・マンが語るデュオとしての哲学、ルイス・コールや長谷川白紙への共感

 
限界を超えるための哲学

―あなたたちの音楽は、即興がかなり大きな比重を占めるものだと思います。即興と作曲の関係についてはどう考えていますか?

ジェイコブ 大学時代に、僕はヴィンス・メンドーザ(ジャズ作曲家/編曲家、ビョークやジョニ・ミッチェルなどのオーケストレーションも手掛けている)に師事して作曲のレッスンを受けていたんだけど、初めて彼の家に行った時に聞かれたんだ、「ジャズにおける作曲と即興の違いはなんだ?」って。それで僕は、「即興はその場で作るもので、作曲は完璧にするために時間をかけて作り込むものですよね?」と答えた。そうしたらヴィンスに「違うよ、この二つは全く同じものだ。作曲家のように即興で演り、即興演奏家のように作曲すべきだ」と言われたのさ。この言葉に僕は「ちょっと待って、即興しているかのように作曲をするっていったい……?」って考え込んでしまった。でも、そこから(ヴィンスの答えを)「アイディアをすぐに却下しないで、とりあえず流れに任せて完成させてみて、出来上がった段階で初めて判断する」ことだと解釈することにした。そのやり方なら、沸き上がった創造力を遮断せずに済むんだよね。

僕とサムは音楽をそうやって捉えることにしているし、共作での作曲もこのアプローチで取り組んでいる。アルバムの曲の多くは「即興で生まれた種」からスタートして、それが様々な制作過程を経て、最終的にはより磨きがかかったものとして完成したわけだけど、元々は2人の即興から偶然生まれた「単なるひらめき」から始まったものばかりなんだよ。だから僕はヴィンスが言っていた通り、作曲と即興は同じだと思っている。

―ヴィンス・メンドーザからは、他にどんな影響を受けたのでしょうか?

ジェイコブ:彼からは作曲する際に既成概念にとらわれないで考えることを学んだ。曲を書く時に特定のサウンドを目指した書き方はしないようにも教えられたね。まずはそういう考えを捨てて、自分の頭に浮かんだことを書き留める、つまり自由で流れるような「即興的な作曲」をするよう言われたよ。彼の音楽を聴けばそれを感じ取ることができる。ヴィンスに師事する前は、どうやったらマイルスやハービーみたいな曲が書けるだろうって考えにとらわれていたんだ。でも、彼のおかげでそんな障壁が取り除かれて、自分自身のアイデアに意識を向けることができるようになった。



ジェイコブ・マン・ビッグバンドのパフォーマンス映像。サム・ウィルクスやルイス・コールも参加(2018年)

―2人とも楽器の選択やエフェクター、ペダル、ミックスなども含めて、音色や音響、テクスチャーへのこだわりが強いと思います。そのこだわりについて聞かせてください。

ジェイコブ:それはサム的な質問だね。

サム:楽器を演奏する者にとって、最も重要なのは音色とダイナミクスだと思う。でも、全ての楽器には限界がある。僕の場合でいうとベースという楽器の特性上の限界を超える方法として、エフェクトをかけることで時にはベースからシンセサイザーのようなサウンドを生み出したり、ギターとかキーボードのようなハーモニックな性能を引き出すことができることを発見したんだ。

エフェクトとかソニック(音響)が音楽の一部になっている時に生まれるトーンへの僕のこだわりは、まず第一に僕が純粋にサウンドを愛しているから。第二に自分の頭に浮かんだアイデアを実現したいんだけど、楽器自体の限界で出ない音域があったり、同時に弾くのが不可能な音符の数がある場合に、音楽的な必要性からその手助けをしてくれる手段として。そして、もうひとつは純粋にサウンドを体感するって意味で。

これはジョン・ケージを研究して始めた頃にわかったんだけど、環境音も韻律のないサウンドも、リズムを刻んだサウンド、あるいはトーンやピッチが確認できるサウンドも、どれも全て音楽なんだよね。それって僕にとってはすごく刺激的な考えなんだ。



―あらゆる「音」を音楽として捉えていると。

サム:だから、単にピッチやリズム、ハーモニーだけじゃなくて、僕にとってはソニックの要素も大切なんだ。そもそも楽器への触れ方一つをとっても、それによるエネルギーやダイナミクスがメロディーだけじゃなくて、曲自体や、その曲の全体的なフィーリングなどのあらゆる面でその曲に影響を与える。だから、それについてはベーシストとして自覚しているし、強く意識している。だから僕は演奏だけじゃなくて、ミックスやレコーディングの方法にも強い関心を持っているんだ。

僕は録音芸術、特に50年代〜80年代に録音されたレコードのサウンドに夢中なんだけど、その理由もそこにある。近年、録音されたアルバムを聴いても音響的に同じ感触が得られなかったことに僕は疑問を抱いていた。昔のアルバムがなんでそんなに素晴らしいのか、その理由は、録音の過程で素晴らしいサウンドに到達していたから、過度のミックスは不必要だったからだとわかったんだ。腕のいいミュージシャンを集めて個別にマイクを繋ぐか、そのまま直でうまく録ればいいんだよ。そうすることで、その部屋のエネルギーをしっかりととらえることができる。それが良いレコードの音なんだよね。

さっきも話したように、ジェイコブと一緒に音楽を作り始めた頃、自分が本当に目指しているのはプロのMD(音楽監督)だった。大学時代はベースを演奏することよりも、アレンジとかオーケストレーション、大小問わずアンサンブルのリハーサルの仕方を学ぶことに重きが置かれていた。自分はポップの世界で働くことになるだろうと思っていたからね。それで、アーティストの持っているビジョンを(演奏者に)伝達して、アルバムの音をライブで再現するために必要なものは何なのかを解明するため、いろんなスキルを身につけたんだ。その経験から、ソニックを学ぶことで、自分が好きなアレンジのもつサウンドには何が存在していて、それを自分が取り入れるには何が必要なのかを理解することにもなったし、どんなサウンドがうまく行って、どんなサウンドは失敗するのかに気づくうえで最高の学びになったんだよね。

―特に研究したエンジニアは?

サム:ビートルズのレコーディング・エンジニアだった、ジェフ・エメリックとケン・タウンゼントはすごく好きだよ。あとルディ・ヴァン・ゲルダー、彼は言うまでもなくブルーノートやインパルスのカタログを手がけたことで知られているよね。それと名前は知らないんだけど、『Kind Of Blue』が録音されたCBS 30th Street Studioのエンジニアもすごくいいよ。ざっと数人挙げたけど、いいリストじゃないかな。

Translated by Aya Nagotani

 
 
 
 

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