ハロウィンの大惨事、ソウル梨泰院で158人の死者を出した一夜を振り返る

そこはまさに狭い路地で、数百人のパーティ客が押し寄せていた。最初のうちは混雑で身動きが取れないぐらいの状態だったが、次第に状況が悪化した。やがて文字通り息ができなくなり、直立したまま気絶する人が出始め、パニックが最高潮に達すると、人々が次々将棋倒しに倒れていった。息ができないという物理的現実から、自分はもうすぐ死ぬんだという諦めの気持ちまで、この時の状況説明には胸がしめつけられる。観客本人の意図に関わらず、『Crush』では証言と動画を細切れに挟むことで、観客は当時の状況を疑似体験することになる。現場の映像をこれほど効果的に、ここまで活用したドキュメンタリーはそうそう多くない。恐ろしい記憶の数々が、時に息を吹き返したかのように生々しく再生される。


『Crush』より、ソウルのハロウィン転倒事故の現場(PARAMOUNT+)

第2部では悲しみが怒りへと一転し、避けられない問いと向き合うことになる。2022年に、大都市のど真ん中でなぜこんなことが起こったのだろうか? 午後6時30分ごろ、危険な状況になっていると、現場から警察に最初の通報があった。その後も数時間ずっと、警察の電話は鳴り続けた。なのに警察は手遅れになるまで何もしなかった。なぜか? ドキュメンタリーでインタビューを受けた人の中には、韓国政府が若者文化や若者全般を蔑ろにしていたため、手をこまねいて傍観している間時間だけが過ぎていったのだ、という意見もあった(とくに事件当夜のような日は、梨泰院に集まるのは若者がほとんどだ)。

政府職員の大半は50~60代で、若者世代のイベントをバカにする傾向にある、と韓国のニュースサイト「ニュース打破」(KCIJ)のホン・ジュファン記者はドキュメンタリーで指摘している。「勉学や貯金のための時間を無駄にしている、というのが上の世代の考え方です」。世代間のギャップが致命傷だったという意見は非常に興味深い。『Crush』もこの線でストーリーが展開していくが、もう少し掘り下げても良かったかもしれない。もう少し尺を伸ばして、現場の詳細なルポルタージュと事後に発覚した政府職員の無責任さを粘り強くつぶさに社会分析することもできたかもしれない(被害者の遺族は今も梨泰院事故の徹底捜査を求めて戦っている)。だが運命を分けたあの夜、友人や家族を亡くした人々にしかるべき説明と発言の場を与えたという点では、『Crush』は十分価値がある。観るのは辛いが、自分の目で確かめたら最後、もう逃れることはできない。

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from Rolling Stone US

Akiko Kato

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