フライング・ロータスの革命を支えた「陰のキーマン」ミゲル・アットウッド・ファーガソンの音楽観

 
宗教観と「学ぶこと」の大切さ

―このアルバムを作り始めていたころに考えていたコンセプトやアイデアは、10年を超える制作期間を経て、最終的にどのように変化していったのでしょう? 

ミゲル:このアルバムに取りかかったのは2010年だけど、まず最初に『Mystical Gardens(神秘の庭園)』というコンセプトを決めたんだ。それを色々な言語に置き換えてみて、フランス語がいちばんイメージにしっくりきたからこのタイトルに決めたんだよ。当初から様々な方向性を持つものにしたいと考えていた。それに、今回参加してくれた人たちの85パーセントはその時点で決めていたんだ。

ここで僕はただ、物語を語りたかったんだ。それぞれの曲を振り返って自分自身で読み解いてみた時に、僕にとって納得がいくものになった。このアルバムを作るという経験そのものが意味を持っていて、それこそがこのアルバムに込められたことじゃないかと思う。

僕は音楽に対して、こうしろと命令するのは嫌なんだ。僕は音楽自身にとっての共同クリエイターであり、共同で魔法をかける存在であると思っている。すべての素晴らしい音楽の良き隣人でありたいと心がけているんだ。それが僕のエゴを満たすやり方であって、自分自分を押し出すのは好きじゃない。「これがミゲルだ! ミゲル! ミゲル! ミゲル!」っていうのは僕の求めているものじゃないんだよ。僕は人間が大好きだけど、人は自己中心的な経験によって滅びつつあると思う。自分たちのエゴを押し通すよりも、他の生きもの……植物や動物と共存する方がずっと建設的なのにね。だから、音楽に関して言えば、僕は助産師のようなものだね。音楽を創ることは、出産を手助けするようなものだと思っている。もちろん、音楽を創る時、僕の頭の中にどんなものを創りたいか、明確なアイデアがあることも確かだよ。でも、それを押しつけるんじゃなくて、何か素晴らしいものが爆誕する手助けができればと思ってるんだ。そのほうが、僕が描いていた元々のコンセプトよりもずっと良いものになると思うから。



―ちょうどタイトルの話が出ましたが、フランス語だけではなく、ラテン語、スペイン語、ヘブライ語、アラビア語、スワヒリ語、スウェーデン語、そして日本語と、数多くの言語が曲名に使われています。世界中の地域の多様な言葉が使われている理由について聞かせてください。

ミゲル:僕自身、とても多様な家庭に育ったからね。僕の名前はミゲルだけど、ヒスパニック系ではない。僕の家族は、すべての異なる文化が異なる奥深さを持っていて、世界に様々な言語や文化や考え方を発信できると考えているんだ。僕のことを様々な文化を尊重するだけでなく、そうした異なる文化を学ぶことを享受できる人間に育ててくれた両親には本当に感謝しているよ。

そして、僕は宗教にも興味がある。スピリチュアリズムは本当に奥が深いと思う。それに、歴史にも興味があるしね。僕はヒッピーだから、世界平和をつねに願っているし、実現できるものだと信じている。僕は理想主義的な考え方をする人間なんだ。自分自身の中にあるいちばん良い部分を信念として持つこと、自分の中にある幸福な思いと親切心や同情心を世界に拡散し、お互いがお互いに対してそうした気持ちを持つことで世界は平和になると思うから。僕自身もそうだけど、もっと世界の人々が歴史について学んでくれたらと思う。僕たちの社会は発展して、より文明的になったけれど、そこで立ち止まらずに古代文明についても学んでほしいと思うんだ。きっと何か得るものがあるはずだから。昨今は、学ぶことの重要性について語る人が少なくなって残念に思うよ。学ぶことは楽しいし、自分の人生を豊かにしてくれるのにね。何かを学ぶたびに、自分の人生がよりよくなっていくことを実感するよ。だから、このアルバムの曲のタイトルは僕たちが学ぶことの素晴らしさを讃える意味で付けたんだ。学ぶことができるのはすごく幸運だということ。これが僕のアクティビズムの形なんだよ

―古代ローマについての曲名がいくつもあったのはそういう意図なんですね。曲名だと、キリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教などの用語も曲名に出てきます。ひとつのアルバムの中で様々な宗教の言葉が出てくるのはとても興味深いと思いました。こういった宗教観もあなたの音楽に繋がっているんじゃないでしょうか?

ミゲル:僕は宗教的に信心深い人間ではないけど、宗教について学ぶこと、哲学について学ぶことはとても好きなんだ。そして、スピリチュアリズムにはとても敬意を払っているよ。宗教は危険な存在にもなり得るし、もちろんポジティブな存在にもなり得る。宗教家になるにしても、信徒になるにしても、責任感が伴うし、多くの修行が必要だ。だから、特定の宗教を信仰するというよりは、スピリチュアリズムそのものに興味を持っているって感じだね。スピリチュアリズムはすべての人の心に力を与えてくれるものだから。

さっきも言ったけど、僕はヒッピーで、そのことについて誇りを持っている。人間の潜在能力は無限だと信じているし、もし僕たちが真摯に、真剣に取り組んで、自分に挑戦し続ければ実社会や人生で経験できることや学べることには限界はないと信じているよ。僕たちはパズルのひとつのピースのようなもの。自分を信じて、自分がなぜ生まれてきたのかという命題に真摯に向き合えば、見えてくるもの、できることはきっと広がっていくと信じている。僕はただ、誰にも傷ついてほしくない。宗教は時として、人を傷つけることもあるから。でも、スピリチュアリズムにしろ宗教にしろ文化にしろ、そうした美しい伝統には学ぶことが多いし、救われることもあるからね。僕はみんなに信心深くなれと言うつもりはないよ。でも、そこには美しい宝石や宝物が確かに存在していると思う。そういうコンセプトを提示することは僕にとって楽しいことなんだよ。僕自身、学ぶことが好きだし、様々な相違についてお互いに敬意を払ってほしいと思っている。これが正しくてこれが間違っていると言うつもりはなくて、ただ僕にとって興味深いものをみんなと共有できたらと思ってるんだ。


Photo by Hannah Arista

―その中でも、仏教や東洋の哲学は大きなインスピレーションになっているのではないでしょうか? それはあなたの音楽にも影響を与えているのではないかと思うのですが、いかがでしょう?

ミゲル:僕は修行中の仏教徒なんだ。仏教の教えは僕の命を救ってくれた。普段はそのことを人に言うことはない。布教するつもりはないし、これが最善の道だと押しつけたくはないからね。僕にとっては最善だったけど、それがみんなにとって最善とは限らないから。だから、特定の修行について語ることは稀で、むしろコンセプトとして語ることのほうが多いかな。でも、仏教は僕の人生を救ってくれたし、仏教の修行がなければ僕は生きていなかっただろう。僕の心やマインドをオープンにして、力を与えてくれたんだ。他の人に力を与えられるという希望を授けてくれた。僕は人に教えることも好きで、僕が特に仏教の修行を通して身につけた力を通して、人に力を分け与えることができたらと思っている。仏教は僕に永遠を授けてくれたから、僕は一生懸命修行に励んで、その永遠に対して責任を持つべきだとずっと思って続けてきたんだ。修行を続けることで、その生かし方が少しずつ分かってくるようになった。他の人にとっては他のことがそうした導きになるのかもしれないね。僕がこうした道を選んだのは、僕の育ちが関係しているのかもしれないし、僕のカルマが関係しているのか、色々な理由があるとは思うんだけど、僕が自分に必要な道を見つけたように、他の人にも様々なものが用意されていると思うんだ。それは僕と同じである必要はないんだから。

君たちも知っていると思うけど、音楽業界というのは非常に生き抜くのが難しい世界だよね。一方で、とてもやり甲斐があって、楽しくてポジティブな場所でもある。でも、クリエイティブなアーティストとして、自分の心やエネルギーをリチャージできる方法が必要なんだ。それに、自分の人生に磨きをかけるための方法についても学びたかった。若い頃から、自分に不必要なものを手放して、人生に磨きをかけ、自分自身にエネルギーを与えなければ長く続けられないことはわかっていたからね。だから、仏教は僕のすべてだと言えるね。

Translated by Tomomi Hasegawa

 
 
 
 

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