ビョークが語るロザリアとの共演秘話、環境問題に挑みながらハッピーな希望を歌う理由

ロザリアとタッグを組んだ背景

—「Oral」を作曲したのは、いつ頃でしたか? いまになってリリースを決めた理由は?

ビョーク:『Homogenic』と『Vespertine』の間にレコーディングしました。ほかの曲と違いすぎていたというか、あまりにもポップだったので、どちらのアルバムにも合わないという結論に至りました。でも、この曲の存在を忘れたことはありませんでした。いつも、頭の片隅にあったのです。

でも、当時のレコーディングはデジタルではなくアナログでしたから、音源もマスターテープという、磁気テープに保管されていました。3年おきに、マネージャーに「あの曲、探してくれない?」と頼んでいたのですが、見つけることはできませんでした。なくしてしまったのは、私のミスだと思いました。タイトルも忘れていましたから。

今年の3月、ある男性——経済界のエリートだったと思うのですが——のセックス・スキャンダルがニュースになりました。その人と、ふたりの息子の裁判関連のニュースが大々的に報じられたのです。その頃、私はツアーでオーストラリアを訪れていました。CNNのニュースを観ていたある日、画面の下のヘッドラインに「オーラルだったのか? それともオーラルではなかったのか?」という文字が映し出されていました。それを見た瞬間、「そうよ! あの曲のタイトルは、Oralじゃなかった?」とひらめきました。それからすぐ、マネージャーに「アナログのマルチトラックに保管されている『Oral』という曲を見つけて」とメッセージを送りました。3日後にメールで返事が来ました。トラックが見つかったのです。

不思議なことに、見つかった曲は、何から何まで私が記憶していた通りのものでした。その曲自体は好きなのですが、やはりどのアルバムにも合わなかったのです。それ自体が独立した存在のようでした。でも、それからほどなくして、サケ養殖の問題が世間を騒がせました。そこで、「環境保護活動のために使おう」と思ったのです。

—ロザリアとのデュエット曲にしようと思ったのは、なぜですか?

ビョーク:最初は、「歌のパートをレコーディングし直したほうがいいかな?」と思いました。でも、それも変かな、と考え直しました。この曲のノスタルジックな雰囲気が気に入っていましたから。この曲には特別な雰囲気があるけれど、録り直すことでそれが失われてしまうような気がしたのです。そこで、「となると、2023年を象徴するゲストボーカル、それもふたつの時代を対峙させる、トンネルないし望遠鏡のような役割を果たしてくれる人はいないかしら?」と候補を探しました。

この曲のアレンジもビートも、私がつくったものです。当時は、ジャマイカ発祥のダンスホール・ミュージックから大きな影響を受けていたので、ダンスホールのビートを下敷きにこの曲を書きました。折しも、ロザリアが実験的なレゲトン風のアルバムをリリースしたことを思い出しました。「考えてみると、ダンスホール・ミュージックはレゲトンの祖母のような存在かも」と思いました。ロザリアとは数年前から友人でしたから、「この曲を歌ってくれない? 環境保護のために」とメッセージを送りました。すると、どんな曲かも聞かないうちに、ロザリアは快諾してくれました。



—初めて「Oral」を聴いたときのロザリアの反応は?

ビョーク:すぐに好きだと言ってくれました。彼女の中で一番大きかったのは、環境のために何かしたい、という想いだったのではないでしょうか。曲自体を気に入ってもらえなければ、今回のプロジェクトは難しそうだなと心配していたのですが、とても気に入ってもらえたようです。

「Oral」は、ロザリアが歌っているのをイメージしやすい楽曲でした。でも、最初はどのように取り組んだらいいのか、わかりませんでした。ロザリアが「どういうふうに歌ってほしい?」と訊いてくれたので、「好きなように歌って」とだけお願いしたのです。ロザリアが曲の半分を彼女なりのアレンジメントで歌ってくれました。オリジナルのビートと同じパターンを使いながら、ふたりで曲を仕上げていったのです。当時のビートを忠実になぞりながらも、2023年らしさを添える方法を一緒に模索していました。

—ロザリアと知り合ったきっかけは?

ビョーク:5年前のことでしょうか。ロザリアのデビューアルバムを聴きました。フラメンコがベースになっているアルバムです。とても気に入りました。すっかりのめり込み、ノンストップで聴き続けたほどです。そこで、パブロ(・ディアス・レイシャ)と連絡を取りました。パブロは、「エル・グインチョ」という名義でも活躍しているアーティスト兼プロデューサーで、ロザリアとも仕事をしている人物です。パブロは、2010年頃には、わざわざブルックリンまで来て、『Biophilia』(2011年)に収録された2曲のビートづくりを手伝ってくれたこともあります。

その後、バルセロナでパブロとロザリア、そしてアレハンドラ(・ゲルシ・ロドリゲス)と会いました。ご存知の通り、アレハンドラとはアルカのことです。ロザリアは、バルセロナに住んでいるのです。4人でまったりしながら、何か一緒にレコーディングしたいね、と話していたのを覚えています。でも、そのためにはしかるべき楽曲とタイミングが必要でした。

—今回のコラボレーションのロザリアの歌唱の中で、特に気に入っているところは?

ビョーク:この曲を歌ったとき、私はたしか33歳でした。ロザリアも33歳です(実際は31歳)。要するに、私たちは同じ年齢でこの曲を歌っているのです。声オタク(voice nerd)の観点から見ても、これはとてもおもしろいと思いました。屍体愛好癖とはいわないまでも、それに近いものが……

—記憶に残っていることは……すみません、お話を遮ってしまいましたね。

ビョーク:いいの。屍体愛好癖に関するくだらない冗談を言おうとしただけだから。

—なんですか、それ? 気になります。

ビョーク:想像にお任せするわ。そもそも、屍体愛好癖とは無関係だから。

—そうですか。では、続けます。作曲プロセスで記憶に残っていることはありますか? 個人的には、ある人に想いを打ち明けようとしているような内容の歌詞だと解釈しています。ひょっとすると、歌詞の主人公は夢の領域から踏み出そうとしているのかもしれません。33歳の自分の歌声を聴いて、思い出したことはありますか?

ビョーク:そう、まさにその通り。この曲は、誰かと出会ったことで、ある感情が芽生える瞬間、それが友情なのか、それ以上のものなのか、自分でもわかりかねている瞬間を歌ったものなんです。だから、欲情を誘うというか……自分自身の唇にはっとさせられるような感覚です。だから、口を表す「Oral」というタイトルにしたのだと思います。行動したところで、どんな結果が待っているかわかりません。時には、幻想も大切なんです。何もしなくても、ただ夢想するだけで十分なこともあるのではないでしょうか。

同時に、とても遊び心のある曲でもあります。胸が傷むような悲しい曲ではありません。魚たちのために書き下ろした曲ではありませんが、ハッピーな曲なので満足しています。

—しっとりと歌っていたかと思うと、急にうなるように低くなるビョークさんの歌い方が昔から大好きです。この曲でも、そうした歌い方をされていますね。

ビョーク:正直なところ、計算しながらわざとやっているわけではないんです。それに、私の歌声のように聴こえるうなりの一部は、実はロザリアの声なのです。私の歌声が彼女にインスピレーションを与えたことをとても誇らしく思っています。実際、ロザリアは一生懸命歌ってくれました。私たちの歌声が融け合っている感じがとても好きです。

—4月には、コーチェラ・フェスティバルに出演されました。来年は、Cornucopiaツアーを超えるような全米ツアーの予定は?

ビョーク:そうですね、Cornucopiaツアーは不思議なプロジェクトでした。ツアーをはじめて1年が過ぎた頃にパンデミックがはじまりましたから。2年の中断を経て、クリスマス頃にファイナルを迎える予定です。中断期間はありましたが、4年というプロジェクトは前代未聞でした。

2019年5月にニューヨーク公演を、2022年1月にカリフォルニア公演を行いました。ここだけの話ですが、本当に移動が大変でした。私のツアーの中でも、もっとも野心的なプロジェクトだったと思います。たとえば、ステージでは24もの回転式の幕を使うのです。こうした大規模なツアーは今回が最後になると思います。来年は、新しいアルバムの制作にも取り掛かる予定です。あと、Cornucopiaの映画も公開されますね。

—先ほど、ハッピーな曲に満足しているとおっしゃっていました。その理由は?

ビョーク:私は、環境に関するすべてのことに希望を届けたいと思っています。呼吸もままならない荒廃した世界の生存者や「どうせみんな死ぬんだ」といって人々が殺し合う、文明滅亡後の世界を描いた映画やドラマを次から次へと世に送り出すハリウッドの姿勢には、大反対です。こうしたアプローチは、偏狭であるだけでなく、臆病で自己憐憫に満ち満ちているようにしか思えません。私は、楽観的でソリューションをベースとした方法で環境問題に取り組みたいと思っています。具体的には、勝訴が見込まれる裁判を支援したり変化を実現したりすることです。

21世紀には、数多くの動物種が地球上から姿を消すでしょう。実際、すでに多くの種が消滅しました。それでも私は、生物学に大きな信頼を寄せています。私たちの中には、いつか突然変異によって植物のようになってしまう者もいるかもしれません。SF作品で見るようなヒト型の植物のようになるかもしれません。でも、大切なのは、たくましい想像力とクリエイティビティ、そして肥沃な頭脳を持つことです。未来を思い描き、それを生きなければいけません。最悪のシナリオばかりを想像するのは、怠惰以外のなにものでもないのですから。

From Rolling Stone US.

Translated by Shoko Natori

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