YOASOBIの仕掛け人に学ぶ J-POPを海外に伝えるための信念、ストリーミングやSNSとの向き合い方

 
海外ライブと英語版、ストリーミングの相互作用

芦澤: YOASOBIのSpotifyにおける海外リスナーは、US、インドネシア、台湾、フィリピン、メキシコなどが上位を占めているんですが、例えばライブのセットリストを考える時に参考にされたりしていますか?

屋代:様々な角度から活用させてもらっていて、もちろんセットリストを考える時も参考にしています。国内外を問わず、ライブを1回やったからといって必ずしもストリーミングが跳ねるということはありません。でも「Head In The Clouds Jakarta 2022」に出演するにあたって、海外のリスニングデータを調べたら、「あの夢をなぞって」の海外で聴かれている比率がすごく高かったのでセットリストに入れたんです。そうしたら、ライブで感動して泣きながら日本語の歌詞を歌ってくれたファンの女性が配信で映って、その動画を切り抜いた動画をTwitterに投稿したユーザーがいて、めちゃくちゃバズりました。それをきっかけに「あの夢をなぞって」のインドネシアでの再生回数が格段に上がりました。ライブでのお客さんの感動体験がソーシャルネットワークを通じて世の中に拡散され、共感を呼び、「この曲を聴いてみよう」というバズを作れた事例ですよね。

この出来事から学んだのは、海外でライブをして、しっかりとお客さんが熱狂している様を作って、それをリアリティがある状態且つスピード感を持って届けることが大事だということ。海外は日本と比べ、ライブでお客さんの感情表現がわかりやすく出やすい。だから、海外のライブ会場選びも、距離感が近く熱量が高まりやすいサイズ感に今はこだわっています。そして、ライブを通してストリーミングの底上げをする。また、海外でのライブを通してバズった曲が日本ではあまりライブでやっていない曲だとすると、日本でも「あの曲を聴きたい」というムードが高まる場合もあります。



ーYOASOBIが海外でライブをやる機会も増えていますが、それによって考え方が変わった部分はありますか?

屋代:「少し興味があるので覗きに来ました」という人ももちろんいますが、一部の方は本当に熱狂的に支持してくれているということを実感しました。これまで海外向けに多くのことをやってはいなくて、日本のなかで順序立てて頑張ってやってきたことが、自然と海外の人にも刺さっているという成功体験になりましたね。これからも変わらず、目の前のことをより丁寧に深くやっていくことが大事だと確信しました。「海外に向けて何かをしよう」という思想が以前よりなくなりましたね。

とはいえ、「日本での熱量を海外にも伝えてください」と海外部門のスタッフにお願いするのも違うと思いますし、海外のプロモーションがしやすいように英語版のリリースもしています。海外に対して門戸を開いてPRもやるというスタンスをちゃんと作ったうえで、クリエイティブ面ではしっかりと日本に向き合っていれば、時間はかかるかもしれないですが、海外で意味のある広がり方をしていく可能性があると思っています。


屋代陽平氏(Photo by Chiemi Kitahara)

山本:海外でプロモーションをする際に、「日本のYOASOBIというアーティストがいるんですが、曲を聴いてください」と言って日本語の曲を差し出すと、ポカンとされることもあるだろうなと。そこで「英語版もあるので、そちらでも良いからまず聴いて下さい」と言ったほうがプロモーションしやすいと思うんですよ。ikuraは3歳までシカゴに住んでいたので英語の発音が綺麗という理由もありますが、英語を話せるわけではないので、英語版の制作は時間がかかるんですよね。それもあってオリジナルをリリースしてから割と時間が経って英語版を出すことが多かったんですが、「アイドル」の英語版はしっかりブーストをかけたかったので、急遽予定を変更して、だいぶ前倒しのスケジュールで録りました。それも海外での拡がりを後押ししたのかもしれないです。

ただやはり、スタンスを変に変える必要はないと思っています。「変えない」ということにこだわっているというよりは、冷静にジャッジをしなければいけないというか。海外を意識した楽曲を作れば二番煎じになりますし、それで受けるというわけでもないですし、J-POPを突き詰めれば「アイドル」のように売れるわけでもない。バランスをうまく見極めないといけない。ただ日本のアニメは海外でもちゃんと受けているので、そういった日本の文化と連動させることが大事なんじゃないでしょうか。



ー海外でのPRについて考えられている一方で、対日本についてはどんなことを考えていますか?

屋代:日本のリスナーとは距離感が近いですし、この量の露出とこの頻度のリリースがあれば、忘れる人は忘れるけれど、忘れない人は忘れずにいてくれると思っています。新譜のリリースをすると、ありがたいことにDSP(Digital Sales Provider=デジタル音楽配信事業者)も含めて、メディアの方が基本的にはポジティブに取り上げてくださる。「忘れられないように何かしなければいけない」という危機感は現状そこまでありません。

一方、YOASOBIが何か別のものに取って変わられる可能性はあります。それこそアニメタイアップで好きになってくれた人は、アニメ関連以外の情報が入っていき辛かったりするので、アニメタイアップ曲ではないものをその人にどう知ってもらうかを考えなければいけない。ガンダム(『機動戦士ガンダム 水星の魔女』)を経由して「祝福」でYOASOBIを知ってくれた人が、『【推しの子】』を1話から熱心に見るかと言うと正直そうでもないと思うんです。「アイドル」を直接届けるよりは『【推しの子】』というアニメ作品を経由した方が届く可能性は上がるでしょう。今年『THE BOOK 3』というEPを出しましたが、そこには「祝福」と「アイドル」、『葬送のフリーレン』のオープニングテーマである「勇者」が収録されています。これまでYOASOBIのEPを買っていなかったけど、3曲アニメ関連の曲が入っていれば「お得かも」と思って買ってくれる人がいるかもしれない。そういう人に向けて「この3曲が入っていますよ」と働きかけるプロモーションをしてみるということは心がけています。一曲がなんとなく届いた人に対して、他の曲にも興味を持ってもらう施策ということですね。




ー『THE BOOK 3』に3曲アニメのタイアップ曲が集まったのはたまたまですか? それとも仕掛けた部分があったのでしょうか?

屋代:たまたまですね。原作の小説を書いてもらって、アニメーションのMVを作ってっていう取り組みが、『BEASTARS』の「怪物」と「優しい彗星」から面白いという手応えを生んで、「祝福」である程度の認知が広がって、「アイドル」で花開いたというふうに捉えています。

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