ビリー・ジョエル来日公演を総括 16年待ち続けた日本のファンへの「堪らないプレゼント」

Photo by Masanori Doi

ビリー・ジョエル(Billy Joel)が1月24日、16年振りの来日公演を東京ドームで開催した。“One Night Only”(一夜限り)と銘打たれた今回の公演は即座にソールドアウトとなり、会場には4万4000人ものファンが集った。荒野政寿(シンコーミュージック)による本誌独自ライブレポートをお届けする。

すでに70代に入り、もう日本でライブを観るのは無理なのか……と半ばあきらめかけていたビリー・ジョエルの来日公演が、東京ドームで実現した。来日は実に16年ぶり。ようやく初めて生でビリーを観ることができた、という世代の人も少なくなかったはずだ。



リアルタイムでビリーを追い続けてきたファンの間では、どうしても『ニューヨーク物語』(1976年)〜ライブ盤『コンツェルト - ライヴ・イン・U.S.S.R.』(1987年)までの10年強を支えたバンドの印象が強いが、『ストーム・フロント』(1989年)の頃から始まった新生ビリー・バンドも、約35年に及ぶ長い歴史を重ねてきた。

主にサックスを担当しているマーク・リヴェラは「サッチ・ア・ウーマン」(全米26位)のヒットで知られるハードロック・バンド、タイクーンの元メンバー。1982年からビリーのバックを務めている最古参メンバー(70歳)で、リンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンドでも長年まとめ役的な存在を担っていたマルチプレイヤーだ。

マークの次に古いメンバーが、ブライアン・セッツァーやテイラー・デインとの活動を経てビリーのバンドに加わったギタリスト、トミー・バーンズと、パーカッションからサックス、ボーカルまで何でもこなすクリスタル・タリエフェロ。ジョン・メレンキャンプ、ブルース・スプリングスティーン、ビリーとそれぞれツアーを経験したことがあるミュージシャンなんてクリスタルぐらいしかいないだろう。二人は1989年からビリーを支え続けてきた、今や不可欠なメンバーだ。

バンド全体の音楽監督を務めているキーボード奏者、デヴィッド・ローゼンタールは1993年に加入。レインボーに在籍していた頃の仲間、チャック・バーギも2006年からビリー・バンドに加わった。ハードロックに明るくない人でも、二人がレインボーに在籍していた頃のヒット曲「ストリート・オブ・ドリームス」や「キャント・レット・ユー・ゴー」はどこかで耳にしたことがあるだろう。

2001年からビリー・バンドに在籍しているベーシストのアンディ・シションは、オーストラリアのハードロック・バンド、ローズ・タトゥー出身。アイスハウスやユーロ・グライダーズの作品でもプレイしたベテランで、その後アメリカに活動拠点を移して活躍してきた。


Photo by Tomohiro Akutsu

トランペット、サックスなどを担当するカール・フィッシャーは、メイナード・ファーガソンのバンドや、ブラッド・スウェット&ティアーズでもプレイしていた時期がある敏腕。彼がバンドに加わった2006年から、アレンジの幅も格段に広がった感がある。

そして2013年からビリー・バンドでバック・ボーカルやギター等を担当しているのがマイケル・デルジュディス。ビリーのトリビュート・バンド、ビッグ・ショットで活動していた経験を活かして、若い頃とは声域が変わってきたビリーのボーカルをサポートする重要な役割を果たしている。メンバーにハードロック・バンド出身者が多いのが面白いが、年代的にも音楽的にも幅が広いビリーのレパートリーをこなすために、確かな演奏技術を持ったメンバーばかりが選び抜かれているのは確かだろう。



日本で愛されてきた名曲を特別に披露

モータウンの新旧名曲ばかり流れ続けていた場内BGMが、ランディ・ニューマン作曲の映画スコア、『ナチュラル』のエンディング・テーマに変わり、次第に音量が上がってくるとライブ開始の合図。ショーの1曲目は「マイ・ライフ」!と即座にわかったが、イントロにビリーが敬愛するベートーヴェン「第9」のフレーズを入れた祝祭感溢れるバージョンだ。ビリーはライブ盤『ビリー・ザ・ライヴ!〜ミレニアム・コンサート』(2000年)でも「第9」を1曲目に置いていた。ビリーの声は74歳とは信じられないほど張りがあって、音程も良い。万全の状態でこの日に臨んだのだろう。


驚いたのは、次の「ムーヴィン・アウト」を歌い始める前、スクリーンに“Cell Phone Lights ON Please!”と指示が出たこと。スマホの持ち込みを嫌がるアーティストも少なくないが、むしろ演出に活かしてしまおうという機転に唸らされる。この曲ではクリスタル、マーク、カールの3サックスが重厚。1ホーンだった70〜80年代のバンドと違って、スタジオ録音盤の“世界”をより丁寧に再現していこうという意図が感じられる。

一本調子になりがちだったフォーク・ロック調の「エンターテイナー」では、デイヴ・ローゼンタールが操るキーボードが縦横無尽。これもスタジオ録音盤で使用されたアナログ・シンセサイザーの音色をかなり忠実に再現しており、サウンドの華やかさで飽きさせない。


そしてまだ序盤だというのに、日本以外ではほとんどやらないことで知られる名バラード「オネスティ」がここで登場。作者は歌詞が気に入っていないらしいが、クラシカルな旋律の美しさと、情熱的で起伏のある歌唱の輝きに改めて聴き惚れた。この日は「素顔のままで」こそ歌わなかったものの、バラードを期待していたファンには堪らないプレゼントになったはずだ。

続いて冒頭で「さくらさくら」の一節を聞かせてから、カール・フィッシャーのトランペットをフィーチャーしたジャジーな曲「ザンジバル」がスタート。渋みを増した今の声質で聴くとドナルド・フェイゲン味がこれまでより強く感じられる、洗練されながらも陰影に富んだ曲だ。終盤のカールによる長尺ソロも強力で、満場の拍手を浴びていた。

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