マネキン・プッシーが語る新時代のハードコア、アウトサイダーを鼓舞する怒りと祝福の音楽

Photo by Millicent Hailes

新世代からオルタナティヴ・ロックを再定義するバンドが活躍している昨今だが、フィラデルフィアのマネキン・プッシー(Mannequin Pussy)はハードコア・パンクを現代的なものとして鳴らそうとしている存在だ。Epitaphと契約した2019年の3作目『Patience』は激しく荒々しいパンク・サウンドのなかにフロントパーソンのマリサ・ダビースが経験してきた痛みや悲しみがこめられたもので、女性が内に抱える怒りと弱さの両面が表現されているとして高く評価された。いや、それ以上に、鬱屈した感情を抱えている現代のパンク・キッズたちにジェンダーなどの属性によらずに「届いた」のだ。

『Patience』リリーズ時ははじめて20分を超えたアルバムになったことが取り沙汰されたが、新作『I Got Heaven』ではついに30分を超えた。もちろんただ長くなっただけでなく、より「ソング」としてのフォルムが整った作品で、タイトル・トラック「I Got Heaven」や「Nothing Like」、「Sometimes」のようなメロディアスでドライヴ感に満ちたインディ・ロック・チューンが目立っている。と同時に、メロウなミドルテンポ・ナンバー「I Don‘t Know You」のようにサウンドのニュアンスで聴かせる部分が増した。サポート・メンバーだったマルチ・インストゥルメンタリストのマクシーン・スティーンが正式メンバーになったこと、ヴェテランのジョン・コングルトンがプロデュースを務めたことがバンドの勢いとシンクロし、音楽的にも存在的にもスケールを増した勝負作と言えるだろう。

ダビースが歌い、叫ぶのは個人的なトラウマやこの社会への苛立ちや怒りといった、日常的には行き場を見つけにくい経験や感情だ。それがアグレッシヴなバンド・サウンドとして表現されるとき、そこでは女性やクィアを中心に置いた(新メンバーのスティーンはトランスジェンダー女性であることを公言している)ゆるやかな共感と連帯が出現する。そのエネルギーは、アウトサイダーだと感じている者たちを鼓舞し、祝福するにちがいない。

これからますますアイコニックな存在になっていくだろうマリサ・ダビースに、日本初だというインタヴューをおこなった。自分たちのやりたいことや伝えたいことがはっきりわかっている、知的で意志の強い面を彼女はたっぷり見せてくれた。




―マネキン・プッシーの前作『Patience』はメディアにも高く評価され、オーディエンスの規模も大きくなったアルバムだったと思います。あのアルバムによって、バンドに訪れた変化や転機はありましたか?

マリサ・ダビース(以下MD):もちろんあると思う。『Patience』はバンドとして大きなターニング・ポイントになった。自分たち以外のひとたちが思いきり声を上げてシンガロングしているのを本格的に見るようになったんだよね。あのアルバムのときのツアーでは、オーディエンス全体が没頭している一体感をはじめて覚えたのね。全員が同じエネルギーのサーキットのなかにいる感じ。はじめてそういう感じを味わえてとてもエキサイティングだったし、美しい体験だった。

―YouTubeのライヴ動画をいくつか見ましたが、あれは最近のものだったのですね。みんなオーディエンスがいっしょに歌っていました。すてきですね。

MD:ええ。いまはそれが普通の状態になっているけど、はじめて見たのがあのツアーだった。




―新作『I Got Heaven』はマネキン・プッシーらしいダイナミックなバンド・サウンドと、メロディアスな歌の魅力が両立した作品だと感じました。制作にあたって、音楽的な課題や目標はどのようなところにあったのでしょうか?

MD:目標は、自分たちが心からものすごく誇りを持てて愛することのできる曲のコレクションを作ることだったね。

―いまの質問に関連しますが、『I Got Heaven』はアグレッシヴなハードコア・パンクの要素もありつつ、「I Don’t Know You」のような曲ではアトモスフェリックなシンセ・サウンドも目立っていますよね。これはどのようにプロセスで生まれたものだったのでしょうか?

MD:以前から、音楽のなかにある優しさを表現しようとしてきてはいたのね。わたしたちの音楽は歴史的にとてもアグレッシヴな傾向があって、シャウトしたりスクリームしたり……主張するエネルギーという感じだけど、ちょっと違うエネルギーを使って自分の声だけでやるっていうのは、新しい楽器を覚えるようなものだった。自分の声を新しい形で使うから。そういうことをするパーフェクトな場所がこの曲だった。書く作業もとても楽しかったし、プレイするのもすごく楽しい。いままで作った曲のどれとも違うしね。

とくにこのアルバムではマクシーン・スティーンがメンバーになったのが大きいね。マクシーンとわたしは友だちになって多分8年くらいで、いっしょにクリエイトしてきた時期も長くて、お互いのコラボレート相手になってきた。彼女がわたしたちの「ユニット」の一部になることになった時点で、彼女のスキルも熟知していた。わたしは唯一のギター担当で、彼女はシンセを全部やることになるだろうとね。マルチ・インストゥルメンタリストで、ものすごい才能の持ち主。今回入ってくれたことによって、お互いの才能やアイデアを組み合わせることができるようになった。



―マクシーンにできることを引き出すことが今回の目標のひとつだった面もあるのでしょうか。

MD:それは絶対にあるね。マクシーンとの友情を考えた上でのわたしのゴールのひとつは、彼女の才能を新しいオーディエンスに紹介することだった。わたしは彼女がどんなに才能があるかを8年間見てきたし、彼女といっしょに創作活動をするのがどんなに楽しいことかもわかっている。そんな彼女をマネキン・プッシーの宇宙に引きこむこと、そしてわたしたちそれぞれが発揮する才能やクリエイティヴィティを組み合わせることがわたしのゴールだった。

―いまマクシーンとの友情や才能について説明していただきましたが、彼女が正式にバンドに加わったことで、何か新しいムードが生まれることはありましたか?

MD:彼女のエネルギーはひとにうつるし、活き活きとしていて、とにかく面白いんだ。バンドがグループとしてちゃんと機能するためのキャパシティとして重要なのは、全員にお互いの様子が見えて、それを理解しているということ。だからマクシーンをツアー・ギタリストとして迎え入れて2年間いっしょにライヴをやってきたことが、全員にとっていい機会になった。とても親密な空間のなかでお互いをよく知ることができたし、思いやることもできた。それに彼女が(コリンズ・)ベア(・レジスフォード)やカリーン(・レディング)とわたしのときと同じように素晴らしくコネクトしてくれたのを見て、「いまこそいっしょに新曲を書こう」と思ったんだ。昔の曲をいっしょにやって、いっしょに過ごす時間も楽しめて、いっしょにいることがとても気に入ったから、今度は新しいものをいっしょに作ろうと。

―素晴らしいですね。彼女とツアーしている間に地ならしがすでにできていたのですね。

MD:そうだね。


左からマクシーン・スティーン、コリンズ・ベア・レジスフォード、マリサ・ダビース、カリーン・レディング(Photo by Millicent Hailes)

―『I Got Heaven』のプロデュースは経験豊富なジョン・コングルトンさんが務めていますが、彼との作業で印象的だったことはありますか?

MD:印象的だったことはたくさんあるね。彼は音楽に対する観点がわたしたちととても合っている。「音楽は楽しくアーティスティックな試みである」という考えが核にあるんだ。ほら、英語では音楽を「play」するって言うでしょ? だから「遊び」の要素がある。わたしたちはコラボレーターであると同時に、遊び仲間でもあるってこと。お互いのクリエイティヴな面に触れながらいっしょに実験したり、新しいアイデアを探索したりしているんだ。

ジョンのとくに大好きなところは、わたしたちに多くて3、4テイクしか録らせなかったこと。オーセンティックな形で、その場のスピリットをとらえようとしてくれた。生々しいパワーの要素をキープできるようにしてくれたんだと思う。それはパフォーマンスのあるべき姿に対して、わたしたちの本能的な直感を表す真の証でもある。

―彼は作業中にアドバイスをするタイプですか。それとも自然の流れに任せて、俯瞰図を提供してくれるタイプですか。

MD:俯瞰図の役割も果たしてくれたと思う。同時に、わたしたちが確信を持てなかったディテールとか、もっとミクロな面にフォーカスするときに、いつも正しい答えを持っていた。曲を書くときは最後の5%が一番難解だったり、何かひとつ欠けているものがあって、それさえあればすべてがまとまるのに、なんてことがある。ジョンはその「最後の5%」をわたしたちが見つけられないときに、それが何か、という答えをいつも持っているんだ。

―みなさんの生の姿をとらえることによっていい姿を引き出してくれたとのことですが、とくに何かをしなさいと言ってきたわけではないんですね。

MD:そうだね。そこが素晴らしかった。あと、トランセンデンタル・メディテーション(超越瞑想)を一番最近勧めてくれたひとでもある。自分のウェルビーイングとか、健康とかにフォーカスしたいと思うようになって、普段のルーティンにメディテーションを取り入れるようになった。わたし自身ちょうどそういうことに興味を持ち始めたところに彼がその話をしてきてね。宇宙的な偶然だった。

―そもそも彼といっしょにやることになったきっかけは? 彼の作品で好きなものがあったりしたんでしょうか。

MD:ジョンの方からわたしたちに興味を持ってくれたんだ。アプローチは彼からで、わたしたちからじゃなかった。彼がEpitaphのブレット・ガーウィッツ(社長)に電話して、わたしたちの次のアルバムをプロデュースすることに興味があると言ってくれて、すでに別のプロデューサーがいるか、どんな予定なのかを訊いてくれたんだ。まずブレットに話をしてくれて、それからブレットがわたしに電話をくれた。ブレットはけっして指図をしないひとで、マネキン・プッシーの通る道やプロセスに関してもいつだって自分たちで判断させてくれるけど、ジョンがわたしたちと仕事することに興味を持っていることについてはすごく喜んでくれていた。クリエイティヴなエネルギーの組み合わせとしては最高だってはっきり言ってくれた。それで、ジョンと個人的に会ったんだ。お互いすごくヴァイブがあったし、理解し合うことができて、音楽に対する考え方や、あらゆることに対するアプローチも似ていた。彼がブレットに働きかけてくれて本当にハッピー。わたしだったら思いもよらないことだったから。

Translated by Sachiko Yasue

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE