ジュリアン・ラージが語る、ジョー・ヘンリーと探求したアメリカ音楽のミステリー

「余白」をどれだけ残せるか

―『Speak to Me』の話に戻ると、あなたのリーダー作にホーンやピアノが入るのは十数年ぶりですよね。しかも、今回はヴィブラフォンやクラリネットも使われている。こういった編成でアルバムを制作する構想はいつから持っていたものなのでしょうか?

ジュリアン:自分の無知さ、というか恐怖心を告白することになるんだけど……トリオのサウンドを変えたり、広げたりすることにしばらく恐怖を感じていたんだ。なぜかと言えば、そこから他のいろんな疑問を生むことになるから。だって、一番重要な点として、誰と一緒にやりたいか? でもその誰かは、ジャズというコンテクストを受け入れつつも、違う方向へ導くことを恐れない人じゃなければならない。それは誰だ?ってこと。ピアノ、サックス、ベース、ギター、ドラムでジャズバンドを組むのはわりと簡単に想像できる。でも今回、僕がやろうとしたことを遂行するには特定の人間が必要なんだ。

ジョーに会って、僕から二つの提案をした。「何よりパーソナルなアルバムが作りたい。素直なものにしたい。今、僕の人生に起きている色々なことを、フィルターにかけず全て出したい。変に整理してきれいなものにしたくない。なるべくオーセンティックにしたい。その方法として、一つはソロギターがふさわしいと僕は思う。ソロギターには独自の力があり、とても直接的で、そこが大好きだからだ。もしくは、より大がかりなサウンドを目指すか。でもそれだとソロギターの自由度は失われる。いきなり礼儀正しく、必要以上にバンドに迎合するようなことはしたくない。僕は自分がやるべきことがやりたいんだ」ってね。

ジョーは僕の気持ちを理解した上で、こんな素晴らしい回答をくれたんだ。「ソロギターが悪いわけではないし、そうしてもいいと思う。でも心配なのは、君のメッセージはもっと大きなオーケストレーションにも、その衝撃にも耐えられるものだ。聴いた人から『彼のソロなら前にも聴いたことがある』『聴かなくてもわかる』と言ってほしくない。君のメッセージ自体を拡大させ、大きなアンサンブルに合わせればいい」とね。僕はそれを聞いて、アイデア自体はすごくいいけど、僕自身がサックスやピアノのパートを書くことにはすぐに乗り気にはなれなかったんだよね。すると彼が「そこは心配しなくていい。どうすればいいかわかる人間を僕が集めてくるから」と言ってくれた。

―さすがですね!

ジュリアン:実際、その言葉を彼は実践してくれたんだ。アルバムでリヴォンとクリス、パトリック(※詳しくは後述)が演奏しているパートは全て彼らが書き、なんの指示も出していない。ファーストテイクなんだよ。本当にすごいことだと思う。実は1月に、アルバムの曲を初めてコンサートで演奏したんだ。レコーディングは去年の6月だったので、時間はだいぶ経っていたし、その間、誰とも一緒に演奏していない。リハーサルも何もなしだ。ステージ上ではすべてが新しいアイデアに生まれ変わっていた。それも素晴らしかったよ。つまりこのアルバムは、ミュージシャンがすべてだということなんだ。



―今作には、これまで共演してこなかったミュージシャンも参加していますよね。彼らに合わせて曲を書いていったわけですか?

ジュリアン:ほとんどの曲は、楽器をたくさん使うものにしたいと思って書いていた。全長1時間とかなり長いアルバムだけど、あと45分、曲数にして10〜12曲は書けてたよ。でも録音する時間がなかったし、実際必要がなかった。選んだのはどれもミュージシャンが貢献する余地がある曲だ。唯一の例外はソロギター曲の「Myself Around You」。あれは、もしソロギター・アルバムになっていたら、どうなっていたかという例だと思う。たった一つの楽器だけなのに、すべての情報、すべてのオーケストレーションが詰まっていて、他の楽器を加えようとはしたけれどどうしてもうまくいかなかった。あれは音楽の中の転換シーンのような一曲なんだと思う。

もう一つ意識したのは、オーケストラに向いた曲を選ぶこと。そして音が多くなりすぎないようにすること。あまりに“曲を書きすぎて”しまうと、誰かが何かをする余白がなくなってしまう。書き過ぎるより、書き足りないくらいの方がいい、と思ったんだ。



『Speak to Me』に参加したホルヘ・ローダー(Ba)とデイヴ・キング(Dr)、リヴォン・ヘンリー(Sax, Cl)、パトリック・ウォーレン(Keys)、クリス・デイヴィス(P)とのパフォーマンス映像

―リヴォン・ヘンリーとパトリック・ウォーレンは、いつもジョー・ヘンリーと仕事をしている一流のミュージシャンです。ただ、普段あなたが作っている作品に参加する人たちとはタイプが違いますよね。そんな彼らがもたらしたのは何だったのでしょうか? 

ジュリアン:パトリックは映画音楽のコンポーザーなんだ。なので、彼はスコアのように曲に取り組む。どうすればクールに弾けるか、どうしたら面白いソロが弾けるか……ではなくて、曲におけるドラマのために何をするか、曲の強度に自分はどんな貢献ができるのかを考えてくれる。そこで重要なのは、どれだけの余白を残せるかなんだ。パトリックはすごく関わっているけど、同時に全部を自分で埋めない。曲によって彼はいくつかの完璧な音以外、何も弾いてない。でもそれでいいんだ。なぜなら彼がドラマを監修しているからね。もしすでにドラマが起きていたら、彼はあえて立ち入らない。もしドラマがなければ、弾くべき中身と同時にサウンドを見つけ出す。彼がアルバムで用いたサウンドは本当に幅広くて、僕にはその半分も理解できていない。中には彼が編み出したものもあれば、他の楽器をサンプリングしたサウンドもある。リヴォンがやってくれたことはパトリックと同じなんだけど、彼はそれを”空気”、つまり木管楽器でやってくれてる。なので、リヴォンが下す決断は常にパトリックと一緒、音色だけが違うんだ。パトリックとリヴォンは二人で一つなんだと思えるよ。二人はジョーのプロデュースだけでなく、これまでにたくさんのレコードを一緒に作っているから、もはやチームなんだよ。それも今作のスリリングな要素になっているね。

―彼らが参加していることで、あなたと以前からトリオで演奏してきたホルヘ・ローダーとデイヴ・キングもまた、普段と違うものを聴かせているということですよね。

ジュリアン:トリオにとって重要だったのは「パトリック、クリス、リヴォンが僕らの対話を邪魔してるみたいに感じることのない演奏」を僕ら自身がすることだった。だって、そうなりがちでしょ? 僕らが僕らの普段やってることをやり、彼らがちょっと控えめに「OK、ここにちょっと足そうか。でもほとんど君達ですべてカバーされてるんだよな……」というパターン。そうならないことが重要だった。

実際、新しいメンバーといつものメンバーが一緒にやり始めたら、ホルヘとデイヴが敢えて余白を残すような演奏をしてくれたことに気づいたんだ。「これは自分たちにしかできないことだ」と思えることだけに専念して、新たなメンバーが彼らにしかできないことを足せるよう余白を残してくれた。パワーシフトが起こり、各自が互いを尊重し合う演奏をしてくれたんだ。

その成果を多くの曲で聴くことができる。タイトル曲「Speak to Me」も面白い。あれはデイヴ・キングがドラムでたくさん叩こうと思えば叩けたのに、あえてグルーヴをキープすることに徹し、それがずっと続く。そのグルーヴの上にみんなで、ジョー・ヘンリーが言うところの「気象システム」を作り上げたんだ。ここで雲が張り出してきて、雨が降り、雷がなる……ということだね。全員のベストが引き出されているし、彼らのベストなプレイを聴くことができる。それは僕が何かやったからではない。ただ全員がそこで起きていることを楽しみ、祝福していたからだ。だから僕は、これまでとは違う大きなバンドとして演奏することを大いに楽しませてもらったよ。


Translated by Kyoko Maruyama

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