キーファーが明かすジャズとヒップホップ、鍵盤とプロダクションを繋ぐ思想と背景

Photo by Preston Groff

キーファー(Kiefer)が6月4日(火)に大阪、6月5日(水)に東京のビルボードライブで来日公演を行なう。アンダーソン・パークやドレイク、ケイトラナダの作品に貢献し、WONKとのコラボ曲「Fleeting Fantasy」でも話題を呼んだLAシーンの重要人物に柳樂光隆がインタビュー。

キーファーを初めて生で観たのは2017年のビルボードライブ東京で、彼はテラス・マーティンが率いるバンドの一員としてピアノを弾いていた。そのときのキーファーはどこからどう見てもジャズミュージシャンだったが、一般的にはビートメイカー/プロデューサーとしてのイメージのほうが強いだろう。今ではそのふたつの側面を両立させているアーティストも少なくないが、ここまでスムースな融合を実践しているアーティストはなかなかいない。そんな彼が、Stones Throwに所属しているのは非常にしっくりくるものがある。

別の言い方をすると、キーファーの音楽を一言で説明するのが難しい。幼少期からジャズピアノを学び、ヒップホップやLow End Theory周辺のビートミュージックに影響を受けてきたことは知られているが、音楽的ルーツにまつわる情報は意外と見当たらなかったりもする。

そこで今回は、彼がそもそもどんなプロデューサーで、どんなピアニストで、どんな作曲家なのかじっくり掘り下げてみることにした。生演奏とプロダクションのコンビネーションを活かしたDIY作品のほかにも、ソロピアノを軸にしたEP『Bridge』(2019年)、バンド編成で制作したアルバム『When There's Love Around』(2021年)など様々な作品を残してきたキーファーは、2023年の最新アルバム『It's Ok, B U』で非常に高度なコンポーズ能力を発揮している。彼の音楽がもつ深さと幅広さはどこからやってきたものなのか、このあとのインタビューを読めばわかるはずだ。



ーこれまで特に聴き込んだヒップホップのプロデューサーを教えてください。

キーファー:J・ディラとピート・ロック、あとはマッドリブ。90年代後半から2000年前半に活躍したプロデューサーが好きなんだ。もっと最近だとマインドデザインとかサムアイアム、ノレッジ、ケイトラナダあたりかな。

ーなるほど。最初に挙げた二人に共通点はありますか?

キーファー:ディラに関しては彼のドラムがスウィングする感じ、ああいうタイムフィールは僕にとってもすごく重要なポイントなんだ。自分のサウンドでもすごく大事にしていることだから。マッドリブに関しては、自分が彼みたいなアプローチをしているかはわからないけど、彼がプロダクションにおいて大切にしている「面白くて幅の広いサウンドのパレットを持つ」ことは僕も常に心がけていることだね。

僕はその2人からいろんな意味で刺激を受けている。中でも最も基本的なことで言えば、彼らの仕事に対する姿勢は見習いたいと思う。ディラは本当に多くの作品を残したよね。マッドリブもそうだけど、2人ともすごい数のビートを世に送り出した。彼らの音楽とかアーティスティックな面を語る前に、まずは何より2人がいかに多作のプロデューサーであったかは評価に値すると思うし、僕もそうなりたいと思っている。

ーピート・ロックはどうでしょう?

キーファー:彼は今挙げた3人の中で、僕のサウンド的に最も近いプロデューサーかもしれない。彼が創り出す、あらゆるものが見事に調和した美しいサウンドスケープは最高だね。僕はしっかりまとまりのあるサウンドを作りたいと思っている。そういった意味で、ピート・ロックは90年代に活躍した面々の中で最も凝集されたサウンドを創り出したプロデューサーの一人だと思う。

ーその3人はみんなレコードの知識が豊富で、実際にサンプリングを用いて曲を作ってきたわけですが、そういったサンプリングの魅力はどのように捉えていますか?

キーファー:僕自身はドラムのサンプリングはするけど、メロディとかハーモニーのサンプリングはあまりしないんだ。自分でピアノを弾くからメロディを自作できるっていう、言うまでもない理由があるからね。でも、今後やってみたいことではあるよ。実際、最近ちょっとサンプリングから何曲か作ってみたりしてるんだ。

元々ヒップホップって2台のデッキを駆使してミックスしたり、音源をブレンドしたり、スクラッチを入れたり、色々機材をいじるところから始まっているよね。それ自体が芸術表現の形であって、既存のレコードはそれを伝える手段なんだ。そこが魅力だよね。ヒップホップのDJにとって音楽の知識が多いこと、たくさんのレコードを熟知していること、それがどんなサウンドでテンポがどうとか、どの組み合わせがマッチするかっていう、音楽に対するしっかりとした理解があることはすごく重要だと思う。そこが人を惹きつけるんだ。

サンプルするときにクオリティが高くていいレコードをソースにすると、その音源はすでにプリアンプとかコンソールを通ってからテープに落とされて、それからさらに複数のプリアンプを経てマスタリングされたものがレコードとしてリリースされて、それがリサンプリングされたら、また同じような行程を経ていくわけだから、みんなの耳に届く頃には、そのテクスチャーは素晴らしいものになっているに決まってる。だから素晴らしい元ネタをサンプリングしたものなら、必然的に魅力的な仕上がりになる。レコードは楽器みたいなものだよね。素晴らしい楽器でレコーディングすればクオリティの高いサウンドが録れる。クラシックで言えば、ストラディバリウスを弾くみたいにね。



ーあなた自身がサンプリングを用いていなくても、あなたの音楽にはサンプリングで作られたヒップホップの影響も感じられるような気がします。

キーファー:既存のレコードからメロディをサンプリングすることをしない立場で言うと、僕にとってサンプリングの魅力はトーンなんだ。さっきも少し触れたけど、テープを通したり、レコードから取ったり、MPCを通したり、そういったプロセスによって出来上がったサウンドが好きなんだよね。実際、僕の初期のアルバムでは、自分でピアノのパートを弾いて、それをMPCに録ってから取り出すって作業をしていた。だからある意味、自分自身の音をサンプリングしていたとも言える。昔はよくカセットに録音をしていたしね。

ーその話でいうと、あなたの音楽はテクスチャーの豊かさが特徴の一つだと思います。あえてノイズを入れたり、音質を悪くしたりすることで、トラックを魅力的なものにしていますよね。

キーファー:僕のテクスチャーに対する関心は、J・ディラから始まっている。たしか2008年頃の話だったと思うけど、AmazonでJ・ディラのCDを注文したら、それが届くまで1カ月もかかったことがあった。そうしたら、送られてきたパッケージの中に「遅れてすみません」っていうメッセージと一緒に、お詫びのしるしとして別に6枚のCDが入っていたんだ。その中の一つが、スラム・ヴィレッジの『Fan-Tas-Tic, Vol.1』で、ほかにもコモンの『Like Water For Chocolate』、あと何だったかな……(J・ディラの)『The Shining』、ドゥウェレやビラルのアルバムとか、とにかく最高のセレクションだった。

それらの曲を初めて聴いた時、ディラのテクスチャーになんとも奇妙なクオリティがあると思ったんだ。サンプリングされた音を耳にした時に感じるような、悲哀にも似た感覚。サンプリングされた音を聴くのは、過去の記憶に耳を傾けているとも言えるよね。その音源は元々はどこか別の場所(曲)に収められていたもので、実際にその録音の過程を耳にするのって、極めてメタなことなんだ。これと同じ手法を使えば、まったく別の世界、別のレベルの懐かしさとか感傷的な気持ちが創り出せるんじゃないか。それこそが、ディラを他のプロデューサーたちとは別格の存在たらしめている部分でもあると思う。

そこから僕は、J・ディラがやってきたようなことを自分なりに表現するため、テクスチャーにこだわることにした。例えば僕がフェルトピアノ(ピアノのハンマーと弦の間にフェルトを挟んで音に変化を出す手法)を使うのは、粗くザラザラしたドラム・サウンドを入れるのが好きなのと同じ理由だね。

ーテクスチャーに関して、今まで作ってきたなかで最も実験的な曲は?

キーファー:最初に頭に浮かんだのは、『It’s OK, B U』に収録されてる「High」だ。複数の鍵盤を入れたんだ。通常はピアノ1本で録るんだけど、この曲には3、4種類のピアノ音がアルペジオで重なっていて、そこには色々とリズミカルなテクスチャーも含まれている。キーキーする音やカチカチした明るい音のパーカッション、そこにサブベースも面白く絡んでいる。この曲はベースが2本入ってるんだ、サブとハイベース。さらにだったら、キックドラムも2発入れようと。いや、3発だったかもしれないな。

曲の中で一箇所、16分音符でキックドラムが「COO, COO, COO, COO……」と鳴ってるところがあるんだけど、あんなに速いキックはかなり珍しい。でもキックドラムは複数入れているから、音量的にはかなり小さくする必要があった。大きかったらうるさすぎるからね。だから、しっかりハイとローのベーストーンを出すためにかなり小さめにした。最終的にすごくワイルドな仕上がりになったよ。早い要素とスローな要素をすべて同時に共存させる。そういうリズミックなテクスチャーもこの曲で目指したことだったね。



ーサンプリングの面白さの一つとして、フレーズのピッチが変わったときの独特な響きも挙げられると思います。そういったヒップホップ特有の美しい奇妙さを、あなたの音楽からも感じられるような気がしますが、いかがでしょうか?

キーファー:それは自分でも大切にしていることだよ。ピッチングってすごく便利でクリエイティブなツールなんだよね。今、君が言ってくれた「奇妙」って言葉がぴったりだと思う。

例えば、ピアノを3半音下げて演奏するとする。演奏のテンポを下げると、音の立ち上がりはスローになるけど、倍音の響きは別に変わったりしない。ところが、(演奏を録音してから)音のスピードを変えると、途端にまったく違う楽器みたいに聞こえるようになる。機械的で残響感のあるノイズが加わり、ピアノの中に自然な反響があるから、残響も長く続いて符尾も長くなる。このプロセスは本当に不思議だし、やり方によって色々と変化するから深いなって思う。(スピードを)遅くしたり早めたりするのは好きな作業で、一日中やってることもあるよ。


キーファーが鍵盤の生演奏を加工しながら2小節のループを作り、そのうえにピアノの即興演奏を重ねた動画

Translated by Aya Nagotani

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