キーファーが明かすジャズとヒップホップ、鍵盤とプロダクションを繋ぐ思想と背景

ピアニストとしての影響源、ウェイン・ショーターからの学び

ーあなた自身はピアニストとして、ヒップホップ特有の感覚を表現するための技術をどのように身に着けたのでしょうか?

特定のタイムフィールの中で演奏するテクニックって本当に難しいんだ。ヒップホップって歴史的に何世代も楽器を使わずにパフォーマンスされてきた。使われてきたのはターンテーブルとかサンプラー、ドラムマシーンだから、器楽奏者がその術を身につけるのは容易じゃない。僕は自分の演奏をかなり録音したよ。そうやって習得したんだ。とにかく録りまくった。

ヒップホップ・プロデューサーの強みの一つは、録音さえしておけばそのオーディオを操作して色々配置換えしたり、エディットすることができるってこと。(録音した中から)切り取った特定のフレーズを、ミリ秒単位で完璧にフィットするポイントを見つけて移動させることができる。僕も自分で演奏しながら、良いと感じるポイントを見つけるようにしていたんだ。その後「これをもっとゆったりと演奏したらどうなるか」を録音してから聴いてみる。それを聴いたら、次はグルーヴに意識を向ける。そういう感じで自分の耳をトレーニングしていったんだ。

だから僕の学生たちにも、ヒップホップのタイムフィールを習得しようとしているなら、自分の音を録音してタイミングに意識が行くよう、自分の耳を訓練すべきだって伝えている。例えば、ディラとかディアンジェロの曲をかけて、音楽に合わせてボイス・パーカッションしたり、一緒に歌ってみたりすることで、ベースラインのタイミングを正確に掴みなさいってね。というのも、自分が頭のなかで捉えたつもりのものと、実際の音は違うことが多いから。最初から完璧に合致するなんてことはないし、99%の確率で初心者は常に急ぎがち。ドラムの奥でプレイするようにして、タイミング的にドラムを優先させる方法をしっかり習得すべきなんだよね。



ー次は、影響を受けたピアニストについて聞かせてください。

キーファー:ハービー・ハンコック、マルグリュー・ミラー、シダー・ウォルトン、ウィントン・ケリー、フィニアス・ニューボーン・ジュニア……ピアニストだけでも長いリストになってしまう。

グルーヴの面で革新的なピアニストでいうと、最初に思いつくのはエロル・ガーナー。僕に言わせれば、彼ほどフレキシブルなタイムフィールを持ったピアニストはいない。他に思い浮かぶのはアーマッド・ジャマル、ウィントン・ケリー、ハービーのタイムフィールもすごいよね。言うまでもなくチック・コリアもヤバかった。もっと最近で言えば、ロバート・グラスパーとジェームス・ポイザーだね。ジェームスはネオソウルのスタイル的な特徴を創り上げた人物で、知っている限りほとんどのJ・ディラの作品でキーボードを担当していたから、彼から受けた影響は大きいよ。僕自身のアートにJ・ディラの影響を受けたドラムが入っている時、それに乗せるピアノを弾く立場として、無意識にジェームスからも影響を受けているからね。

ーコンポーザーだと誰が浮かびますか?

キーファー:クラシックまで遡ると、ショパンは大ファンだよ。彼に関する書物はかなり読んだし、コード・チェンジをコピーしたりして勉強もした。ウェイン・ショーターも僕にとって大切な存在だ。ハービーとウェイン、2人の作曲に対する姿勢はすごく尊敬している。

でも、作曲面で一番学んだのはエグベルト・ジスモンチかな。彼はもっと評価されていいと思うんだ。ジスモンチのことは大学時代に知った。当時の僕はジェームズ・ニュートン博士に師事していた。サン・ラ・アーケストラに在籍し、ハービーやウェインとも共演している重要な存在だ。2年間教わったんだけど、彼がジスモンチの名前を口にしない日はなかったね。当時、僕はミンガス・アンサンブルっていうグループで演奏していて、そこではチャールズ・ミンガスにエリック・ドルフィー、サン・ラの曲をレパートリーにしていた。当時はそういった辺りがアバンギャルドとされていたんだ。そして、その中にジスモンチの曲も入っていた。

ジェームズ博士はジスモンチをジャズ界の錚々たる作曲家たち、ビリー・ストレイホーンやエリック・ドルフィーなどと並列に位置付けていて、博士ほどの素晴らしいミュージシャンが絶賛するならって聴いてみることにしたんだ。そこから僕もすっかり夢中になった。

ー特に好きなアルバムは?

キーファー:『Em Família』だね。なんでもっと話題にならないのか、僕には理解できない。最高のミュージシャンが揃っていて、とにかく演奏が最高なんだ。ジョン・コルトレーンもまさにそうで、例えば『A Love Supreme』は演奏が最高潮になった時に、スタジオの中で何かとんでもないことが起こっていたはずだ。僕は『Em Família』にもそういうエネルギーを感じる。すごく切実で、活気に溢れている。さらに、メロディからハーモニーまで、全てにおいて最高なんだ。史上最高の作曲家の一人として評価されていないことが残念でならないよ。

ー普段よくインタビューしてますが、アメリカの音楽家からジスモンチの名前はなかなか出てこないですね。僕の知るかぎりマリア・シュナイダーくらいです。

キーファー:ほらね(笑)。彼女が言うなら間違いないよ。



ー話は前後しますが、ウェイン・ショーターはあなたにとってどんな存在ですか?

キーファー:最高レベルのクリエイティビティの象徴だね。彼の好奇心は無限大だ。好きなところはいくつかある。スティーリー・ダンの『Aja』で、タイトル曲だったと思うけど、ウェインのソロがすごいんだ。曲が最高の盛り上がりに差し掛かった時、経験の浅いサックス・プレーヤーだったらここぞとばかりに早弾きをすると思うけど、ウェインが吹いたのはミクソリディアン・スケールなんだよ! たったそれだけ。僕はあの曲を1000回ぐらい聴いてきたけど、ぶっ飛んでると思うよ。モダンかつワイルドだよね。

ある日、友達に言われたんだ。「ウェインは単にスケールを一音一音メチャクチャゆっくり吹いてるだけだ」って。改めて聴いてみてぶっ飛んだよ。彼はシンプルなものを複雑なサウンドにすることも、逆に複雑なものをシンプルに聴かせることもできる。シンプルなものの真価を理解することにすごく長けていたんだ。そうそう真似できるものじゃないよ。



ーあなたの曲で、ウェインの影響を最も感じられる曲は?

キーファー:うーん、「Running Ouf Of Clock」がそうかな。ブリッジのところでメロディが斜めの方向に行っているというか、安定したところに据えられてないんだよね。難しい質問だな……そうだ、「FOMO」って曲がある。あの曲には方向性がない感じのメロディがあるからね。でも実際のところ、僕の音楽の中にウェインっぽさを感じるかはわからないけど、メロディをしっかり持とうとするところなどは彼をお手本にしている。僕はそれを「斜め方向」って呼んでるんだけど、曲の流れからして向かうだろうと思われる方向にあえて行かないんだ。予想を裏切ったところで着地させる感じだね。自由なフレージングを意識している。

ーシンプルさと複雑さの共存というのは、あなた自身の音楽のテーマとも言えるかもしれないですね。ヒップホップ・ビートのシンプルな気持ち良さと、ジャズの複雑さが上手く組み合わさっていますから。

キーファー:そうだね、それはすごく大事にしている。大切なのは明確にすることだと思う。クレイジーな演奏をしても、フレージングさえクリアにしておけばシンプルに聴こえると思うから。うまくできているのか自分ではわからないけど、大切にしているのは間違いない。



Translated by Aya Nagotani

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