キーファーが明かすジャズとヒップホップ、鍵盤とプロダクションを繋ぐ思想と背景

『It's Ok, B U』:自己受容と「生き甲斐」について

ーここからは最新作の『It's Ok, B U』について聞かせてください。新たなチャレンジが聴こえてくるアルバムですよね。

キーファー:『It's Ok, B U』はパーソナルとアートの両方における自己受容をテーマにした作品なんだ。収録曲のタイトルは全部、僕が当時向き合っていた一種の感情的な葛藤を表している。最近気づいたことなんだけど、アーティストとしてのキャリアの中で、自分としてはすごくやりたいことなんだけど、他人に何か言われるのが嫌で、世には出さなかったものがたくさんあった。僕にとっては長年すごく意味のあったビートなのに、それをあえて使わない時期があったんだ。でも、ある日「いや、これは使うべきだ」って思うようになった。アーティストとして最大限に自分らしくいられるようにしようってね。

人生も同じようなものだと思うんだ。他人から変に決めつけられたくないから、大切な部分を秘密にしておこうと思ったり、特定のイメージを持ってほしかったり、気に入られたがったり。かっこよく見られたいとか、賢く思われたいとか。でも、そんなことをしていると、本来備わっていた自分らしさを見失ってしまう。

僕はこのアルバムで、自分を芸術的に模索してみようと思った。その過程で自分が作ったビートを聴いてみたら「すごい変だ、これは良くないな」と思った反面、もう一人の自分が「自分史上最高のビートじゃん」とも言ってる。そういう意味で、この作品では鍛錬とともに「心を開いて受け入れる」ということを体験したんだよね。その証として、最後の曲ではピアノを弾きながらスキャットしている自分がいる。自分が愛する音楽に完全な透明性を持って向き合い、温かみや一体感、純粋な感情で表現することができたんだ。



ー『It's Ok, B U』では、これまでの作品とは異なるアプローチがいくつも聴くことができます。例えば「My Disorder」はビートもノイジーで、フォルティシモで弾かれるピアノも実にエモーショナルです。

キーファー:その通り。「My Disorder」は荒れてる曲だね(笑)。あれは苛立ちを表した曲なんだ。僕は若い頃にパニック障害を患っていて、おまけにしょっちゅう発作に見舞われていた。あまりにも頻繁に起こるものだから、すごくイライラしていたのを憶えている。逆に言うと、その苛立ちが原因で発作が起きていたのかも知れない。あの曲は当時の気持ちを振り返りながら作ったんだ。ドラムはYung.Rajにプログラミングを担当してもらった。『It's Ok, B U』については、アルバムを通して自分の中で一番奇妙なビートを選ぶことにこだわったんだ。「High」も奇妙なビートだし「Head Trip」もそう。いつもより領域を広げようと試みたのは間違いない。そう、だから奇妙な感じは完全に意図的なものなんだ。

ー過去にはソロピアノやバンド編成での作品もリリースしていましたが、今回の『It's Ok, B U』も含めて、どの作品にもキーファーらしさが宿っているように感じます。あなたの音楽の核の部分はどんなものだと思いますか?

キーファー:僕自身はスピリチュアルな人間で、自分の音楽は楽観的だと思うけど、特定の組織化された宗教には属していないから同時に不可知論(agnosticism)的でもあると思う。それと、自分のサウンドは今まで指導してくれた恩師や先人たちのおかげで作れたものだと思う。

僕のスタイルは自分の好きなことの集合体で、大好きなピアニストたちをかなり手本にしてきた。僕がプレイするリックは、ハービーやウィントン・ケリー、シダー・ウォルトン、ハンク・モブレーやリー・モーガンを採譜したものが元になってるからね。「キーファーらしさ」があるとすれば、そうやって学んできたことに由来するんじゃないかな?

ーあなたのディスコグラフィを辿っていくと、作品を重ねるごとにピアノの存在感が大きくなっているようにも感じました。特に近作では、単なるトラックの一部分ではなくて、ピアノだけ抜き出してもストーリーを感じられるようになってきている気がします。

キーファー:ストーリーテリングは僕にとってすごく重要だ。ピアノはある意味登場人物で、曲はその登場人物に起こる出来事みたいなものだと思う。時には戦うこともある。例えば「Doomed」でピアノは戦っている。ぐるぐる回るサウンドの大渦巻きに囲まれて、レンジ(音域)の下から上に向けて格闘していて、ソロの終わりでやっと頂点に到達してまた降りてくる、みたいなストーリーがある。 そして、戦闘シーンを前に進めていくと、最後に度肝を抜くどんでん返しが待っている。「Doomed」はそんな感じの曲だね。「Frozen」もそう。僕は物事が何かしらの事態に飲み込まれて破茶滅茶になるストーリーが好きなんだ。「Frozen」ではソロが終わるのと同時に曲も終わって、もうメロディには戻らないことでその物語を表現している。

ーそういうストーリーへの関心は、ウェインの作曲への関心と繋がるような気がしますね。

キーファー:まさに、そこがウェインの作曲で惹かれるところ。さっき話した師匠のジェームス・ニュートン博士が僕たちに教えてくれたのは、作曲家が曲を書く時、大切なのは音符やコードだけではなく、その曲が持つ特色や登場人物があるってことだ。そういった教えが僕の基盤になっていると思いたいね。



ー最後の質問です。あなたが「IKIGAI(生き甲斐)」について語っている動画をYouTubeで見かけました。そのコンセプトになぜ惹かれたのか聞かせてもらえますか?

キーファー:きっかけは『IKIGAI』っていう本に出会ったことだけど、このコンセプトを理解する手助けをしてくれたのは僕の父だと思う。彼が実際にこの言葉を使ったわけではないんだけど、人生の中で夢中になれることを見つけること、僕にとってそれが何かを容易に見つけることができたのは父のおかげなんだ。

父は常々「好きなことをやりなさい。でも、いい加減にやるんじゃなくて、誰よりも上手くなりなさい」と言っていた。まあ、その言葉通りにはいかなかったけどね。自分がそこまで上手いとは思わないし(笑)。でもしっかりやることと、もっと上手くなろうとは常に努力しているつもりだ。

その本から学んだ『IKIGAI』の僕なりの解釈は、「自分が強い関心を持つことをせよ」「得意なことをせよ」「世の中の役に立つことをせよ」「収入を得られることをせよ」という4つを実践すること。好きなことを仕事にして、それらを実践できているのはラッキーだと思うよ。






キーファー来日公演
2024年6月4日(火)ビルボードライブ大阪
[1st Stage] OPEN 17:00 / START 18:00
[2nd Stage] OPEN 20:00 / START 21:00
>>>詳細・チケット購入はこちら

日時:2024年6月5日(水)ビルボードライブ東京
[1st Stage] OPEN 17:00 / START 18:00
[2nd Stage] OPEN 20:00 / START 21:00
>>>詳細・チケット購入はこちら



キーファー
『It's Ok, B U』
配信・購入:https://sthrow.com/kiefer-itsokbu

Translated by Aya Nagotani

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