ジュリアン・ラージが語る、ジョー・ヘンリーと探求したアメリカ音楽のミステリー

最高の音楽はたくさんの疑問を投げかける

―『Speak to Me』に参加しているメンバーで最も気になったのは、ピアニストのクリス・デイヴィスです。彼女の存在が今作を面白くしていると思います。

ジュリアン:クリスは僕が知る最も革新的なコンポーザー、即興演奏家、ピアノ奏者、バンドリーダー、プロデューサーの一人だよ。ジョーと僕とでチーム作りをしていた時、かなり早い段階ですぐに彼女の名前が挙がったんだ。いつか機会があれば一緒にやりたいと思っていたからね。彼女は大胆かつ冒険やリスクを恐れない貢献を果たしてくれたし、ドラマへの意識もある。つまり、どうすれば音楽がドラマチックになるかがわかってる人ってこと。ジョーや僕にとって、それが大切なポイントだった。彼女は必要不可欠だったよ。

―クリス・デイヴィスがもたらした「リスク」とか「ドラマ」ってどういうものですか?

ジュリアン:実は僕にもわからない(笑)。クリスのハーモニックな言語は、おそらくオリヴィエ・メシアンやリゲティ、ブーレーズといった現代音楽の巨匠たちからの影響があるように思う。そこにジョン・ケージやプリペアド・ピアノの世界が加わっている。要は、アコースティック楽器でエフェクトを何も使うことなく、豊かな倍音や変わったサウンドを出してみせるんだ。すべてを楽器で行なってしまう。それって、僕のギターに対する考え方と似ている。僕も何かをするのにペダルを使うのは好きじゃない。それよりは、倍音が鳴らす音の情報、豊かさ、実際の機械であるピアノやギターがそれぞれに作りだす音、それを音学的に用いるためのクリエイティブな方法を見つける、ということをしたい。ドラマを感じる要因の一つもそこだと思う。特に木管と鍵盤が揃うと、たくさんの情報が発せられ、より豊かなサウンドが生まれる。彼女は仮定から結論を導き、こちらがやらないことをやるタイプだ。サプライズがあるというか、パワーとワイルドな自由さが交互にやってくるんだよ。アルバムでもそれが実証されていると思う。



―現代音楽の作曲家たちの名前を挙げてくれましたが、『Speak to Me』には現代音楽などのアバンギャルドな部分を持つ曲があるように感じました。アメリカ音楽をいろんな角度から再解釈してきたあなたが、今回はアメリカの現代音楽に光を当てているようにも映ったのですが、いかがでしょうか?

ジュリアン:実に的を射ているね。僕が音楽を勉強している時に聴くのは、少し変わった、音の触感を教えてくれる音楽なんだ。それが僕にとっては重要で。音色の触感、オーケストレーションの触感……そういったことに僕はワクワクさせられる。なぜなら、何が起きているか、自分でもわからないからさ。ただ、その感覚が好きなんだ。特にアメリカの伝統音楽は僕らが勉強し、称え、ロマンを感じ、馴染みがあると思える部分が多い。でも知らない部分が絶対あるわけで、そこに敬意を払うことが重要だと思うんだ。

たとえばビッグ・ビル・ブルーンジー(1930〜50年代に活躍したデルタ・ブルースの巨匠)のレコードを聴いた時、使われてるコードやメロディは当然ながら僕も知っている。でも、なぜああいうサウンドになるのか、こういう気持ちにさせられるのかはわからないし、永遠にわからないのかもしれない。それでいいんだよね。そこにはミステリーがある。僕は自分以外の誰にもなれないわけだから、ミステリーを追求し、疑問を抱き続けていいんだ。実際、最高のアメリカ現代音楽はたくさんの疑問を投げかけ、人に物事を考えさせる音楽なんだと思う。



―あなたが好んで聴く現代音楽の作曲家は誰ですか?

ジュリアン:さっきも挙げたメシアン、ブーレーズとリガディの3人。ジョン・ゾーンも優れた現代音楽の作曲家だと思う。ゾーンのMasada……ストリング・セクステット、カルテット、クラシックピアノ、サイクルズなどは100%オリジナルでユニークだし、同時にベルクやヴェーベルン、もしくはもっと若い作曲家たちの流れも汲んでいて素晴らしいと思う。他にもデレク・ベイリーも即興はするけれど、現代音楽と呼んでいいと思うし、エヴァン・パーカーもそう。すべてリスクを負うことを恐れない人たちさ。最近だとキャロライン・ショウ、ニコ・ミューリー……中でも一番聴くのはトーマス・アデスかも。アデスはもう若手とは呼べない、かなり実績のある作曲家の一人だけれどね。

―『Speak to Me』はこれまでの作品以上に、幅広くバラエティ豊かな「アメリカ音楽」が含まれているように思いました。

ジュリアン:ジャンルの幅広さということ以上に、今回のサウンドを多様化させているのは、エレクトリックギターとアコースティックギターの両方をリード楽器にしている点だと思う。大きく分けるなら、基本的にあるのはブルースとジャズのフィーリング……「Northern Shuffle」のようなエレクトリックギターによるブルース感と、「Two And One」のようなアコースティックギターによる、それとはまるで違うブルースの一面だ。ギターを持ち変えることで、ジャンル以上に幅広いフィーリングを網羅している。なぜなら僕にとってはどれもブルース、もしくはゴスペル、スピリチュアル風の曲なんだ。「Hymnal」「Nothing Happens Here」「South Mountain」のようにリフレインがあって、一緒に歌えて、メッセージがある。例えば、「Hymnal」なら賛美歌だよね。音楽群としては小さいけれど、それが多様なオーケストレーションによって編曲されている、ということかな。




―あなたが賛美歌やゴスペルを演奏する際のインスピレーションになったものはどういうものですか?

ジュリアン:ずっと自分の周りにあったものだと思うんだ。それを聴いて育ったとか、今好んで聴いているのかは、自分でもわからない。例えばレイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、ポップ・ステイプルズ……ブラック・ミュージック、アフリカン・アメリカン・ミュージック、そして教会とのつながり……そこに僕が共感を覚え、自分にとってオーセンティックな音楽だと感じられるのは、プレイヤーとして、リスナーとして、心を癒される音楽を書きたいと強く渇望する自分がいるから。それがずっと夢だった。

例えば、踊らせるための音楽を書くことができるように、音楽は人に何か考えさせることも、何かを感じさせることもできるよね? 音楽を作っている時は、そういった海原をなんとかナビゲートしながら進んでいるようなものなんだよ。でもゴスペルに関しては僕個人というより、もっと大きな人間としての経験って感じかな。率直に言うと、僕にとってのゴスペルはプレイする必要がある音楽、もしくは自分は大丈夫だと感じたいからプレイする音楽。それが僕なりのゴスペル、それは捧げものなんだよ。特定の神に対して言ってるんじゃなくて、大いなる知性に対して「今、僕たちはこうすべきだと感じるんだ」と言っている感覚。それにどう対処するかはあとで考えるとしても、僕はこのことを今書かなければならない……って気持ち。それが僕とゴスペルとのつながりかな。

―今のお話は冒頭で話してくれたように、今作があなたの個人的な経験から出発していることとも関係ありそうですね。今作はあなたのキャリアの中でも特異な位置付けの作品になると思います。そのなかでも、ご自身の過去作と強い繋がりを感じられるアルバムはありますか?

ジュリアン:ソロギター・アルバムだった『World’s Fair』がそうかな。どちらもストーリーテリングのアルバムだという点で似ているから。それにどちらもオーケストレーションという意味で、必ずしも一つのジャンルに留まっていない。ソロギターではブルーグラスだって、ジャズだって、ブルース、エクスペリメンタル……なんでも弾けるわけで。でもベース、ドラム、ギターのトリオだったら、ジャズ、スウィング……というふうに、ある程度ジャンルが決まってしまう部分がある。変な言い方かもしれないけど、『Speak to Me』と『World’s Fair』は両方ともニュートラル(中立的)なんだ。結果、聴こえてくるのは音楽そのもの。そこが最も強い繋がりじゃないかな。

【関連記事】ジュリアン・ラージのジャズギタリスト講座 音楽家が歴史を学ぶべき理由とは?






ジュリアン・ラージ
『Speak to Me』
発売中
再生・購入:https://julian-lage.lnk.to/SpeakToMe

Translated by Kyoko Maruyama

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