評論家・能地祐子と読み解く、大滝詠一作品40周年バージョン

夏のペーパーバック / 大滝詠一

田家:2曲目に聴くと、印象が違いますよね。

能地:そうですね。1曲目、大滝さんも映画好きだから、映画のオープニングのクレジットロールが出るみたいなイメージがありましたけど。

田家:「SHUFFLE OFF」はどこかで流れているんでしたっけ?

能地:一度だけ渋谷陽一さんの番組に出演されたとき、『EACH TIME』が出る前にバックでうっすらかかっていただけという。だから、ファンの方の間ではあの曲はなんだとずっと言われていたものらしいんですけど。

田家:ファンの方たちすごいですもんね。その曲だけが謎だったらしいんですけど、とにかく40周年ですからもう50周年になったらCDというメディアもどうなるかわからないみたいなところがあるじゃないですか。なので、今回は全部出しますという感じで出されたというふうに聞いていますけれど。さっき能地さんが言われた数奇な運命。曲順というのは大きいですよね。

能地:そうですね。批判的な意味でも曲順の座りが悪いアルバムみたいに言われることもあったんですけど。今はサブスク時代でみんなが好きなようにアルバムを好きな順番で聴く時代になって、大滝さんがご存命だったらサブスク時代にどういうことを考えていたかなと想像してみると、そういう時代に奇しくも合っているアルバムみたいな感じがしませんか。今回は別の方の詞も入っていますけど、松本さんが全曲詞を書くアルバムとしてはオリジナル・リリースは初めてのもので。松本さんが1曲ずつ短編小説のような感じで、どこから読んでもいい短編小説集みたいなものとして書かれているのもサブスク時代の今、いい感じだなと。

田家:でも84年に出た時には「夏のペーパーバック」は1曲目ではなくて、2曲目だったんでしょう?1曲目は「魔法の瞳」だった。オリジナルを最初に聴いたのは高校生のとき?

能地:もう大学生になってましたね。『A LONG VACATION』をずっと聴いてましたし、世の中もバブルでどんどん明るくなっていた時代なので、イケイケなラブソング集みたいなものを期待していたら、ちょっと重いというか、暗い影もあるアルバムで。田家さんはもう業界に?

田家:業界でしたね。業界離れようかと思っていたときですね(笑)。『A LONG VACATION』がああいうアルバムだったので、『EACH TIME』出たときに、地味というか色が薄いアルバムだなと思った。あまり業界に深入りしないようにしていたので、発売パーティーとかあったんでしょう? 行ってないですもん。

能地:当時、一番おしゃれだった六本木のハードロックカフェでFMウォークマンを全員が渡されての試聴会が行われて。1曲終わるごとにラウンドガールみたいな女の子が曲順のプラカードを持って客席内を歩くみたいな。本当にテレビで観るバブルの時代の感じのプロモーションがどうやら行われていたらしいんですけど。

田家:そうして世の中に送り出されたアルバム、やっぱり数奇な運命にありますね。

能地:ちょっと居心地悪いなって“『EACH TIME』くん”は思っていたかもしれないですね(笑)。

田家:30周年でもそう思ったんですけど、今回、改めていいアルバムだなあと思って。今の気分だとロンバケよりもこっちの方が近いかなと思いました。アルバムの3曲目をお聴きいただきます。「Bachelor Girl」。

Bachelor Girl / 大滝詠一

田家:稲垣潤一さんがシングルで発売した曲。

能地:ええ。なんか古くないですね。全然。特に全部初、初出の新しいミックスで新たにして今の最新技術での音ということもあるんですが。

田家:はい、歌の聴こえ方がかなり違う感じですもんね。

能地:やっぱり松本さんの歌詞を表現する大滝さんのストーリーテラーぶりもよくわかる。

田家:2014年に雑誌『レコード・コレクターズ』増刊が発売になりまして、Talks About Niagara 大滝詠一。この中に萩原健太さんと湯浅学さんのインタビューが歴代掲載されていて。「Bachelor Girl」について大滝さんが話していたのですが、曲ができあがってシングル切るならこれだなと思っていたところに、松本さんが「Bachelor Girl」というタイトルの詞を持ってきた。外国人の方にBachelorは独身男性に使う言葉だから、Bachelor Girlは変だと言われてとっておいた。アルバムが出てから1940年のハリウッド映画に『Bachelor Mother』があるのを見つけて、これだったら自分も歌っていいんだと思って稲垣潤一さんに提供したというのがありました。

能地:たぶん松本さんとしてはその頃のキャリアウーマン、女の子が男と対等にキャリアを積んでいく時で、ハンサムウーマンみたいな言葉もちょっと流行ったりしていたので。結婚をしないでバリバリやっているかっこいい女の子というイメージがあったのかなと。松本さんの方が時代の匂いみたいなものは敏感に先取りして読まれると思うので。

田家:大滝さんは外国人の知り合いにこういう言葉が正しいかと聴いたんですね(笑)。これ2人のキャラクターの違いなのかなと思いましたけどね。

能地:大滝さんも何気なく楽しく聴いている時でも、この曲の奥には縄文人と弥生人の違いがこの曲にはあるんだみたいな、そこまで遡るかみたいな雑談で5時間でも6時間でも講義が始まってしまうみたいな。本当にすごい方でしたけど。

田家:『レコード・コレクターズ』のアルバムインタビューの中に「Bachelor Girl」は3曲目にできたというのがありました。「SHUFFLE OFF」はその中に入れてなかったでしょうね。アルバム用というのとは違う感じが当時はあったのかもしれないですね。今回のこの40周年バージョンはできあがった通りの曲順で入ってます。初収録、4曲目「マルチスコープ」。

Rolling Stone Japan 編集部

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