評論家・能地祐子と読み解く、大滝詠一作品40周年バージョン

マルチスコープ / 大滝詠一

能地:今回アルバムの「コレクターズエディション」にはサラウンド音源も入っているんですが、それをこの間レコード会社のすごい豪華オーディオセットで聴かせてもらってすごかったですね。あっちこっちから音が本当に飛び出してきて。子どもさんも大喜びみたいな感じで(笑)。

田家:これはNHKの子ども番組のテーマだった?

能地:そうですね。これだけ松本さんの歌詞ではないんですけども、「アミーゴ アミーゴ」って聴こえました? あれは「悲しき夏バテ」というソロ・アルバムを出されている布谷文夫さんの声のサンプリングなんですけれども、アミーゴっていうのはソロ時代に「名月赤坂マンション」という曲でも使われていたり。曲によって悲しかったり、ここではアニメのゆるキャラみたいに聴こえたり。使いでのある、ナイアガラのシグネイチャーフレーズなんですけども。

田家:『レコード・コレクターズ』のインタビューの中にこの曲について話がありまして、録ってはみたものの、構成がバラバラで1曲にならなかったのでお蔵にした。

能地:そうですよね、もうめっちゃくちゃですよね(笑)。でも今っぽくないですか?

田家:っぽいですね。そういう録ったものをお蔵入りにして使わなかったというものが山のようにある人なんでしょう? テイクというか。

能地:そうみたいですね。まだまだあるんじゃないかと。

田家:能地さんは福生に行かれたりしたわけでしょう? そういうところを覗いたりされたことはあります?

能地:福生のスタジオに行くと色々聴かせてはくださるんですけれども、それは記憶に止めろと。萩原健太も若い頃から必ず行って、今は音源化されている小林旭さんのデモ・テープを大滝さんが歌っているバージョンとか、ラッツ&スターのデモ・テープとかも聴かせてはくれるのですが、コピーもしないし、今ここで記憶の中に止めろと。それも今ではずいぶん音源化されましたけど。

田家:その中の1つが「マルチスコープ」でした。

オリーブの午后 / 大滝詠一

田家:流れているのは1982年3月21日に発売になった『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の中の曲ですね。『A LONG VACATION』1年後のアルバム。能地さんが『EACH TIME』30周年盤のライナーノーツの号外版で「オリーブの午后」が大好きだったと書かれてました。

能地:そうなんです。大滝さんは色んなアルバムの周年盤を順番に出されていて。『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の中でもこの曲を時間が経って聴いてみてとても今っぽいというか。結論から言うと『EACH TIME』にすごくつながる曲という感じがして、ずっと聴いているんですって話を大滝さんにお話したら、大滝さんが鋭いな、あたりだよって(笑)。ずっと大喜利みたいでした、大滝さんとお話をしていると。座布団が出るときは出る、あたりを言うと座布団を出してくれるみたいな感じで(笑)。

田家:持っていかれるときもあるみたいな(笑)。

能地:ロンバケと『EACH TIME』を結ぶものとしてこの曲がすごく鍵になる曲になったんだということで、座布団の代わりに実は今新しく『EACH TIME』の曲順を思いついたんだってCD-Rをくださって。ところがそれが30周年盤だと思ったら、また違った曲順になっていたのでそこから変わったようですね。「オリーブの午后」という曲は世界観が『EACH TIME』に近いと思って。このときって大滝さんはまだ30代なんですけれど、当時としてはポップス、ラブソングを歌うのに30代後半ってもうおじさんみたいな時代なんですよね。今では信じられないですけど。それが松本隆さんとのお話であったのか、歌の世界とかもっと大きな最初のコンセプトで考えられたのかは確認していなかったんですけど、大滝さんがおっしゃるには当時ディレクターの方と30代後半の自分が歌うラブソングの世界観みたいな。…主人公は何歳ぐらいで、女の子はちょっと年下でみたいなコンセプトをものすごく細かく話して決めたと伺って。その話を思い出すとたしかに『EACH TIME』ってその延長線上にある、少し男性は年上で恋人と距離があって自分が年を取っていくことに不安を感じているみたいな。すべての曲にそういうテーマが流れているような気がして。

田家:ロンバケでファンになった人たちが『EACH TIME』を聴いたときに、あれ、こんなに違うんだと思ったという溝を「オリーブの午后」が埋めているという流れなんでしょうね。

能地:私の解釈なので、それはみなさんそれぞれ聴いて感じ方は違うと思うんですけれども。

田家:これを読んで僕もそう思いましたよ。そういう大人のラブソングを感じさせる1曲です。アルバムの5曲目「木の葉のスケッチ」。

木の葉のスケッチ / 大滝詠一

田家:さっきの「オリーブの午后」からこれにつながっていると、すごく自然に流れている感じがしますね。

能地:そうですね。いいですね。大人になって聴くと、若い頃はちょっと大人っぽすぎる曲だなと思いましたけど。

田家:やっぱりそう思いましたか。

能地:ええ。またマスタリングでゴージャスな感じも出ていいですね。あと、クラリネットが北村英治さん。この頃、北村さんもまだ50代だったと思うんですけど。大滝さんはノスタルジックなものは大先輩にお願いしようと吹いてもらったらしいんです。

田家:さっきおっしゃった座布団のやり取りのような、講義のような。それは最初に福生に行かれたときからそういう話になっていたんですか?

能地:そうですね。私はそんなに難しい問題は出ないんですけど、例えば萩原健太とか湯浅学とか、そういう人たちにはじゃあ、はっぴいえんどをビートルズに例えるとジョンは誰だ、ポールは誰だとかなぞなぞみたいに問題を出して汗をかきながら答えさせられるみたいな(笑)。

田家:初めて福生に行って話をされたのはいくつのときですか?

能地:90年代に入っていたかなと思いますけど、その頃はもうレコーディングもソニーのスタジオでされていたし、福生スタジオと言っても大滝さんの書斎としか言いようがない、ナイアガラ秘密基地みたいなですね。とても綺麗にレコードも整理されていて、壁中に本があって。それも古典芸能の本から晩年は古地図とかに凝ってらっしゃったので。

田家:古い地図!?

能地:古い日本映画を見ながら古地図を見て、東京のまちを歩くという研究をされていたので。24時間いろいろな勉強をされていて、勉強家という肩書きを持ってらっしゃった。

田家:1回目の特集のときに三浦光紀さんと伊藤銀次さんと白川隆三さんと吉田保さんにゲストに出ていただいて、三浦光紀さんが南方熊楠のような人だと言われていましたよ。

能地:あー!

田家:なんでもともかく詳しい。

能地:その例えがまたすごいですね(笑)。

田家:そういう人がこういう曲というので妙なつながりになりましたけど、アルバムの6曲目「恋のナックルボール」。

Rolling Stone Japan 編集部

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