評論家・能地祐子と読み解く、大滝詠一作品40周年バージョン

恋のナックルボール / 大滝詠一

田家:これは歌の聴こえ方が全然違いましたね。

能地:もう野球場にいるみたいなミックスですよね。大滝さんと言えば野球という。

田家:はい、野球の話がまだ出てないですもんね。

能地:ナックルボールってわかります?

田家:わかりますよ、指を曲げてボールを回転させないで投げる。

能地:回らない魔球みたいな。読売巨人軍に前田幸長さんというナックルボールの名手がいたんですけど。

田家:あ、前田幸長さん! いたいた。

能地:友人で東京ドームで登板の音楽とかの演出をしている人がいて、この曲で前田幸長投手が出てきたらかっこいいんじゃないかと提案したら、いいですねということになり。大滝さんに使わせてくださいという許可をお願いしたら大滝さんが「じゃあ前田幸長ミックスを作ってやるよ」と。リリーフで出てくるピッチャーなのでマウンドに上がっていくところで盛り上がるようにみたいな。

田家:ちゃんと登場にかかる時間も計算して、みたいな。

能地:これは失恋しちゃうという歌なので、カーンって打たれる音が縁起が悪いなっておっしゃったので、打たれる音もちゃんとカットした前田幸長ミックスを作ってくださって。それでワンシーズン、東京ドームでこの曲が流れていたことがあって。

田家:あ、そうなんだ! じゃあ、ジャイアンツファンの方の中にはそれをちゃんと覚えてる方もいらっしゃるという。

能地:そうですね。球場でファンの方が歌っていて、すごかったですね。

田家:野球場ミックスですね(笑)。さっきのロンバケとの比較で言うと、これもやっぱりロンバケに近いでしょう?

能地:そうですね。この楽しい感じというか、ノベルティ・ソングと言われていたパターンですよね。

田家:ロンバケは僕の中のアメリカン・ポップス、中学生の頃で。『EACH TIME』はブリティッシュ、高校生の頃に聴いていたという彼の中での違いがあると、インタビューの中にありましたね。

能地:自分のルーツを辿っていってみたいな話はよくされて、だからロンバケと『EACH TIME』の違いは中学時代に帰るのか、高校時代に帰るのかみたいな話が。

田家:曲順の話が何度も出ていますけども、1989年盤は4曲目が「恋のナックルボール」で7曲目が「木の葉のスケッチ」だったとか、いろいろ変わったりしていますね。

能地:でも「木の葉のスケッチ」からこの曲っていいですね。大人の恋からちょっとやんちゃな野球場のシーンに変わるみたいな。

田家:これがないと、湿っぽくなるのかなという感じがあったりしますが。バージョン違いの話がありましたけど、今回Disc2、3、4、これはいろいろな企画ものが入っているわけでしょう。Disc2が井上大輔さんとのこのアルバムについてのトークと『EACH TIME』スペシャルエディット。Disc3がそれぞれの曲のバージョン違いが入っていて、「恋のナックルボール」は3回出てきている。

能地:スタジオセッション音源ですけど、最初のテイクがすごくスローなんですよね。これは松本さんにご確認をしなければ、たしかなところはわからないお話ですけれど、大滝さんがおっしゃるには松本さんがナックルボールというボールが速いのか遅いのかわからなかったので、と(笑)。

田家:野球そんな興味ないんでしょうね(笑)。

能地:最初大滝さんはスローな感じで書いていたんだけど、松本さんからナックルボールというキーワードが出てきて、これじゃナックルじゃないじゃないかというので今の軽快なバージョンに大滝さんが変えたという。ジョンとポールのやり取りみたいな感じで、松本さんから出てきたキーワードで曲のテンポとかも変わっていくのはバンドっぽいなと。

銀色のジェット / 大滝詠一

田家:オリジナルのアルバムのときは5曲目で1989年のときも20周年のときも5曲目だったんですね。変わらなかった。このアルバムの中の位置があったんでしょうね。

能地:今回はほぼ完成順という形で。40周年盤は大滝さんが関わったものではないですけど、オリジナルと比べるとなんとなく作った順に曲順の原型がある気がしますね。

田家:作った順もナックルボールの後のこれだったんですね。

能地:今回も作った順と言いながら、元は20周年記念盤を下敷きに組み立てていったものと考えていいと思うんですけども。

田家:そういうアルバムがこれまでどんな形で世の中に出ていったのかということの資料集みたいなものが、ボックスセットにはついているんでしょう? 70何ページのブックレット。

能地:とてもとても資料などもたくさん、写真もたくさんついていて。再録になりますけれども、『レコード・コレクターズ』のインタビューが掲載されるということで。

田家:当時の時代背景とか当時作られた販促用のグッズ。当時の宣伝用のEACH TIMESも入っていたりする。

能地:EACH TIMESというのは発売日が遅れるお詫びみたいな感じで配っていたらしいんですけども。

田家:ご覧になっていかがですか?

能地:いやもう、ラーメンで言うと全部入りみたいな感じでうれしいです。私、ちなみに学生時代に音楽出版社でバイトをしていて、入ったばかりの頃にレコード会社の人が「申し訳ありません!」って言って、EACH TIMESを編集部に配っていたんですよ(笑)。

田家:発売が遅れて(笑)。

能地:編集部の人も「本当に出るんだろうね?」「出ます!」みたいな感じで。私は業界というものを知らなかったので、レコード会社というか音楽業界というのは発売日が遅れるだけでこんな新聞まで出してレコード会社の人がお詫びをして回るものなんだ、大変な業界だなと思ったら大滝さんが大変な人だったというだけで(笑)。

田家:大変な人の話を来週も続けていきたいと思います。来週もよろしくお願いします。

能地:お願いします。


左から、田家秀樹、能地祐子

Rolling Stone Japan 編集部

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