性的指向をネタに炎上してきた登録者数500万人の米YouTuber、空っぽの半生

撮影:CORINNE SCHIAVONE

トリシャ・ペイタスは、世間の神経を逆なでして何度も世間から総叩きにあったインフルエンサー兼YouTuberだ。第2子出産を間近に控え、これまでの半生とその過程で学んだ教訓を振り返る。

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ペイタスは、最後にインターネットで炎上した時の事を語った。

それは自ら司会を務めるPodcast『Just Trish』で、ハロウィンに合わせたエピソードを公開した後のことだった。ペイタスの仮装は当時沼っていたHBOシリーズ『ジ・アイドル』のザ・ウィークエンドだった。淡いピンクの手術着、つけ髭、頭にはスカーフという格好で、彼女は共同司会者のオスカー・グレイシーにこう言った。「専業主婦のほうが、外で働ける人より10倍も大変よ」。育児以外の労働は仕事を持つ母親の「息抜き」だ、という彼女の発言に、猛烈な反発が起きた。

「こう言われたわ、『私だって専業主婦になれるものならなりたい、家庭とは別に1日12時間看護士として働いて、それから帰宅するんだから』って」。カリフォルニア州コネホバレーの大邸宅で、ペイタスはダイニングルームのテーブルに腰掛けながら言った。隣の部屋からは1歳の娘マリブちゃんのあどけない声がする。床にはおむつの箱、未開封のAmazonの箱、ショッキングピンクの小さなCrocsなど、育児でおなじみのがらくたが散乱していた。インタビューの数時間前にチェックしたTikTok動画では髪をカルメラ・ソプラノ風にまとめ、口元はペンシルでしっかりラインを描き、頭のてっぺんからつま先までギャングの妻といういで立ちだったが、今日の本人はレギンスに白いロングスリーブのTシャツ姿で、妊娠5カ月のお腹が張り出していた。

「働くママを悪く言うつもりじゃなかったの、だって私も働く母親だもの」と本人。「ただ専業主婦を擁護しようとしただけ。1日24時間ずっと子どもに付きっ切りっていうのは、超超超大変だもの」。初めのうちは、至極もっともな発言だと激しく同意した(働く母親である筆者にも、客観的に見て正しいことが分かる)。だがよくよく考えてみると、ペイタスの説明は妥当とは言えないという気がした。インターネットに一瞬でも触れた人なら、専業主婦vs働く母親という議論に足を突っ込めば確実に炎上することは明白だ。しかもその上白人のペイタスは、ザ・ウィークエンドの仮装でこうした発言をしたのだ。数年前の彼女なら、半ダースもの反撃動画を投稿して持論を繰り返し、さらに大勢の人々からソッポを向かれただろう。だが今回、彼女は実に衝撃的な行動に出た。自分が間違っていたと認めたのだ。

「ぶっちゃけ、総叩きにされると必ず学ぶことがあるの」と本人は説明する。「『私何か間違ったことしたかしら、何かやらかした?』ってなるでしょ。だから私も感謝してるの」。

トリシャ・ペイタスの口からこんな言葉が出てくるのが、どれほど奇妙なことか。

かれこれ15年以上、35歳のペイタスはYouTube史上もっとも物議をかもしたネット荒らしとして有名だ。おつむの軽いブロンド女性という設定でキャリアを築き上げ、タブロイド紙の常連と浮名を流しては、シェーン・ドーソンやジェフリー・スターといったかつての友人と火花を散らした。だが何より、ペイタスは閲覧回数を増やすためなら文字通りどんな言動も厭わなかった。そのために、ライブストリーマーがマイナーなスーパーヒーローものをこき下ろす回数よりも頻繁に総叩きに遭った。彼女の問題発言は星の数ほど無数にある。トランスジェンダーだとカミングアウトしては叩かれ、Nワード連発のラップをしては叩かれ、新星J-POPアーティストという設定でアジア系のなまりをすれば叩かれ、自分の正体は実はチキンナゲットだと冗談を言っては叩かれた。2020年のTikTok動画では、他人の神経を逆なでする自らの才能さえもネタにした。クレオパトラに扮した彼女は、「ひょっとしたら削除されるかも。誰かの機嫌を損ねるかも」というキャプション付きで、スティーヴ・マーティンのパロディソング「King Tut」を口パクした。



人を傷つける言動を散々してきたことは、ペイタス本人も百も承知だ。世間でも騒がれた薬物依存症や精神疾患――2019年、衝動的な言動と気分にむらがあるのが特徴の「境界性人格障害(BPD)」と診断された――にも原因があると言いつつ、ほとんどは金や世間の注目が目当てだったと認めている。「私は『総叩きに遭った理由が分からないわ』なんていう人間とは全然違う」と本人。「ちゃんと分かってる。企業が私と仕事したがらない理由も理解できる。注目されたくて、お金が欲しくてバカなことを口走ってしまった。ネット荒らしの度を超してしまったの」。

こうしたことは、YouTubeの世界では珍しくない。だがペイタスが他と違うのは、たびたび総叩きに遭いながらもへこたれなかった点だ。核戦争を生き延びるのはゴキブリとシェールだけ、という古いジョークがあるが、それに近い。

薬を断ち、モーゼス・ハクモンというイスラエル出身のアーティストと結婚し、母親になったペイタスは、おそらくキャリアでもっとも衝撃的な現象を生んだ。これまでは単なる興味本位で彼女をフォローしていた人々が、真のファンになったのだ。以前は頼むから死んでくれというコメントであふれていたTikTokやYouTubeのコメント欄も、今では「最高!」とか「さすがです」とか「ファンにならずにはいられない」という文言であふれている。長年彼女の動向を見守ってきたファンは、自称「ろくでなし」から(少なくとも見た限りでは)改心したネット荒らしへの変貌ぶりに本気で胸を打たれているようだ。

「世間から許されたり、愛されたり、見守ってもらえる資格がないことは、本人も自覚している」と語るのは、Podcast『Just Trish』で共同司会を務める長年の友人グレイシーだ。「努力しなきゃいけないのは本人も分かってる。新しいアイデアを受け入れて物事に対する考えを改めようと、ものすごく頑張ってる」。

ペイタスの贖罪の旅には問題もいくつかある――つまり、彼女ほど注目されず、彼女ほど多くの人々を怒らせていない他のクリエイターは、復帰のチャンスに恵まれる可能性も彼女ほど高くない。結婚や出産で人がどれほど変われるのかも怪しいところだ(出産前より、飛行機の機内で赤ちゃんに寛大になれるかもしれないが)。

だが、家庭を持った安心感に救われたというのが、まさにペイタスの見方だ。生まれてこの方、自分にはYouTubeで人を怒らせる以外に価値はないと思い込んでいたのが、誰かに愛されることで、新たな存在意義と生きる目的を見つけたのだと。「人を変えることはできないとか、自分1人じゃ救えないとか言うけど、私は(モーゼスが)そうしてくれたと信じてる」と本人は言う。「彼と出会ったときの私はろくでなしだった。彼の家までハイ状態で車を飛ばしたこともしょっちゅうだったし、全裸で家の玄関に立ったことも、自殺すると脅したこともあった。本当にどうしようもないダメ人間だった。でもなぜか彼は私を心から愛してくれた。それでふと思ったの、『この人がこんなに私を愛してくれるなら、私も自分を愛せるよう努力するべきかも』って」。

Akiko Kato

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