金、セックス、スポーツ賭博...米球界から永久追放されたギャンブラーの自堕落な生活

野球の評判を脅かす危機が起きても、MLBが指をくわえて何もしないという状況はその後も続いた。ステロイドが横行したばかりの頃、強打者が筋肉増強剤ジャンキーになっていた件についてMLBは知らぬ存ぜぬを決め込んだ。そこへBALCO社のスキャンダルが明るみになり、大きな衝撃が走った。ヒューストン・アストロズはごみ箱に隠しカメラを仕掛けてサインを盗み見した一件では、サイン盗みはワールドシリーズで優勝するまで続き、コミッショナーが手を下したのは実に3年後だった――実際に禁止されてからも、チームはまんまと逃げおおせたというのが世間の印象だ。こんな過去では、MLBが大谷の件を調査すると言っても信用できない。大谷が希代の世界的スーパースターで、MLBにとって貴重な存在であることを考えると、納得のいく徹底した説明責任がなされるかどうかは怪しい。


2015年12月15日、ネバダ州ラスベガスにて ギャンブルを理由にMLBから永久追放処分を受け、Pete Rose Bar & Grillで記者会見に臨んだピート・ローズ(ETHAN MILLER/GETTY IMAGES)

オブライエン氏の著書『Charlie Hustle』はミッキー・マントルがローズを(嘲笑気味に)「チャーリー・ハッスル」と呼ぶ場面から始まり、マーク・マグワイアが尻に注射を打つ場面で幕を閉じる。ローズが選手としてプレイした1963~1986年の間、メジャーは実に様々な変化を遂げた。オブライエン氏いわく、そうした変化の最たるものは金だ。「金ですべてが変わった。野球はもちろん、生活のほぼすべてが変わった。1960年代の野球は純粋で素朴なスポーツで、荒くれ者の寄せ集めで、選手は生計を立てるためにシーズンオフに副業しなければならなかった。それが1989年を境にドル箱スポーツと化した」。

メジャー1年目のローズの年俸は7000ドル。オフシーズンには薄給を補うためにベネズエラのチームでプレイしていたが、1989年になるころは選手兼監督としてゆうに100万ドルを稼いでいた。この間スポーツビジネスは2つの大きな変化を経験した。ひとつはマーヴィン・ミラー氏がMLB選手組合の一大改革に乗り出し、フリーエージェント制が導入されたこと。これによって選手は入団当初の契約を満了した後、フリーとして売り込み、ヤンキースとなどから数百万ドルの契約を結ぶことが可能になった。2つめはケーブルTVの登場と巨額の全米放映料契約のダブル効果で、球界に金があふれるようになったことだ。オブライエン氏の言葉を借りれば「スポーツの企業化が野球を変えた」。

「一応言っておくと」とオブライエン氏は続けた。「私はフリーエージェント制には賛成だ。フリーエージェント制が導入される以前のやり方は間違っていた。だがフリーエージェント制が導入された際、ファンは大慌てだった。大谷翔平が7億ドルの契約を結んだ時も、ピート・ローズが320万ドルで契約したときも、世間は大騒ぎだった。選手とファンの間に大きな距離ができてしまった」。

オブライエン氏いわく、こうした距離ゆえに選手関連のニュースに対する捉え方も変わったという。昔なら選手思いのバンキシャ連中から相手にされなかったスポーツイラストレイテッド誌などの媒体の報道班が、ピートのギャンブル遍歴を徹底的に洗い出した。選手の破廉恥ぶりを臆面もなく暴露したジム・バウトンの『Ball Four』、ラジオのスポーツトーク番組の台頭。往年の選手に抱いていた畏敬の念は、試合中の些細なことをいちいちつつくような、ろくな知識もない場違いな連中に取って代わられた。

「1989年のピート・ローズが境界線だ」と、著書のサブタイトルにちなんでオブライエン氏は言う。「ピート以前は、たとえ選手が純然たるヒーローでなかったとしても、ヒーローの時代という雰囲気がそこかしこに感じられると言えるだろう。1989年以降はいわば詐欺師の時代。実際のところはどうなんだ? こんなことあり得るのか? 本当に?と絶えず首をかしげる時代だ」。

小鬼のような顔立ちで、おかっぱ頭で、バッティングフォームもおかしなピート・ローズが、まるでピンチョンの小説から抜け出したかのように見えるとすれば、彼が後期資本主義の理論に足を突っ込んだスポーツの先駆けであったからに他ならない。そこからすべて以前とは似ても似つかなくなり、陰謀論が絶えず渦巻くようになった。時代は消費モードに入り、MLBはすべてが疑惑に包まれた世界で、透明性に近いものすら提供することもできずにいる。ステロイドでも、サイン盗みでも、そして何より賭博でも。ダブルスタンダードはメジャーのどの球場でも明白だ。ロッカールームの張り紙には選手の野球賭博禁止を呼びかける一方、球場に掲示された看板には、野球賭博は最高に楽しいですよ、これがないと野球を心底楽しめませんよ、と書かれている。

最終的に大谷騒動が大ごとにならなかったとしても、こうした矛盾を永久に抱えていくわけにはいかない。

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from Rolling Stone US

Akiko Kato

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