ビートルズの薬物事情:LSDが作ったアルバム『リボルバー』

(Photo by Mark and Colleen Hayward/Redferns)


実際にビートルズは、そのような評価を受ける前からその域に達していた。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は確かにタイミングがよかった。しかしそのタイミングのお膳立てをしたのは『リボルバー』だったといえる。『リボルバー』は1966年夏の一連の騒動に飲み込まれ、その後リリースされた『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が話題をさらったため、「『リボルバー』こそがビートルズの最も素晴らしいアルバムである」と評論家やファンに広く認められるようになるまで数年、いや数十年かかった。しかし従来の様式に縛られない『リボルバー』は、新鮮で鮮烈な主題の音域を持ち込むことでポピュラー音楽を変えたといえる。それは斬新で荒削りなサウンドとマッチしていた。また、コードやメロディの面でもそれまでとは違うアプローチを見せ、ほかのバンドに内部の危機や社会不安を直視する勇気を与えた。ビートルズは自らのセンスと自信に加え、美しさと不協和音のバランスを以てそれらの要素を音楽に盛り込んだ。ザ・フレーミング・リップスのウェイン・コインは『リボルバー』を振り返り、「ここからすべてが始まったと思う。『リボルバー』からすべての道が開けた」と2011年、ローリングストーン誌に語った。

『愛こそはすべて(原題:All You Need Is Love)』の中に織り込まれたように、1967年頃までにサイケデリアは実証主義的に変化していたのかもしれない。ビートルズはそのような先入観は持っていなかった。もっとも『リボルバー』は、時代のムードに合わせようというよりは、人生の否定とも言うべき不穏な経験を共有したいというモチベーションから作られているが。実際には、「生きること、死ぬこととは何か?」や「死後に残るものは何か?」などを問う哲学的な作業だった。『リボルバー』によって、ビートルズは新たな境地を開拓できたのである。

しかしビートルズの曲作りの仕方もまた変わってしまった。それまではレノン、マッカートニー、ハリスンがそれぞれ自作の曲を持ち寄り、それをほかのメンバーと一緒にあれこれ手を加えていったが、時が経つにつれそれらの共同作業がなくなり、曲を提供したメンバー以外はただの伴奏者となっていった。その時代の手本となっていたグループの結束力は、徐々に薄れていった。

レノンが潜水艦を操縦してみんなの求める安らぎの場所へ出港し、「お前が正しい」と言う4つの顔が見えた1965年春の夜の出来事も、前途多難な長旅の始まりだった。『リボルバー』は、ビートルズの歴史を大きく2つに分ける転機となった。それまでのセンセーショナルな行動が影を潜め、予測不能な何かが始まった。それもまた終わりを告げる頃、"4つの顔"はもはや目を合わせることさえ拒むようになっていた。

Translation by Smokva Tokyo

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