ブルース・ホーンズビーが語る名曲「The Way It Is」と65歳の新境地、レオン・ラッセルとの共演秘話

ブルース・ホーンズビー(Photo by Sarah Walor)


レオン・ラッセルとの共演秘話、グレイトフル・デッドからの影響

2016年に亡くなったレオン・ラッセルとのデュエットが実現した背景を教えてください。

ホーンズビー:80年代後半にローリングストーン誌から、ミュージシャンとその師匠をテーマにしたフォトエッセイに参加しないかとの連絡を受けた。当初エルトン(・ジョン)に声をかけたが、既に先約があった。そこでレオンに打診した。2人共、私をピアノに向かせてくれた人たちだ。

ローリングストーン誌による2日間の取材のため、テネシー州ヘンダーソンヴィルのレオンの下へと飛び、私たちは親しくなった。私が「もしもまたこのクレイジーな世界に戻りたくなったら、どこまでできるかわからないが、できるだけのことはしたい」と言うと、彼からは「考えておく」という返事だった。そうすると本当に、クリスマスイヴの真夜中に電話がかかってきた。初めは「こんな時にいったい誰だ?」と思ったが、電話の相手はレオンで、「メリークリスマス、ブルース。君からのオファーをぜひ受けるよ」と言われたのさ。

彼とヴァージン・レコードとの契約を手伝い、レコードの制作に取りかかった。あるとき彼が私の方を見て、「ブルース、バリー・ホワイトみたいな曲を書いてくれよ」と言ったんだ。私は、何と面白そうな宿題だろうと思った。バリー・ホワイトと言えばカジュアルでリラックスしたイメージだから、こんな曲調になった。彼は歌詞がびっしり書かれた赤い表紙のノートを私に示して「この中から使えるものを探してくれ」と、また予想外の宿題を出された。私は全てのページの隅から隅まで読んで「これで行こう」となったのが、「Anything Can Happen」だった。

レオンはエンジニアに曲を立て続けに3度流させながら、歌詞をあれこれ考えていた。彼は一日中同じ場所に座り続けていたよ。そうしてついに「OK、マイクをくれ」と言うと、驚くほど素晴らしいファーストテイクを歌った。彼はとても独創的だ。

そうやってレコーディングした楽曲が、(レオンが1992年に発表した)アルバム『Anything Can Happen』のファーストトラックになった。でも少し後悔もしている。オリジナルはものすごく良かったと思う。私はいつも再編集したくなる。そしてその時が来た。オリジナルのラフミックスからレオンのボーカルを抜き出すと、私とのハーモニーを力強く歌う彼の声が浮かび上がった。一方で私のボーカルは、完全にレオン・ラッセルを模倣しただけのように聞こえる。



ー「Porn Hour」という曲もあります。

ホーンズビー:不調に終わったミュージカル『Sick Bastard』用に書いた曲だ。ブロードウェイで成功する大きなチャンスだったが、私たちはグルーヴを失い、どうしようもなかった。私たちはなぜか、インターネットが普及し始めた時代の曲を書くことになった。いろいろとリサーチしていると、ポルノ関連ビジネスに携わっているのは何もイノベーターだけではなさそうなことがわかってきた。そんな事実をテーマにした半ばくだらない内容の曲さ。

ーポルノ業界をテーマにすることに躊躇はありませんでしたか?

ホーンズビー:私が業界の人間を怒らせていると思うかい?

ー最近では何が起きるかわかりません。

ホーンズビー:かなり過敏になっている。君の言う通りだ。もちろん、私はそのことを考慮した。最終的に、面倒になった。この曲がそう扇動的だとは思わない。もしも私が間違っていて、私のやり方を非難したい人たちがいても、彼らの自由だ。私にしてみれば、極めて穏やかな内容さ。インターネットの歴史上の事実について誰かが論じているというだけの曲だ。それだけ。これで気分を害されるのであれば、よっぽど暇なのだと思う。

ー最近ブレント・ミッドランドが亡くなってから30周年を迎えました。彼の死をきっかけにあなたは一時期グレイトフル・デッドに加入しました。当時の様子はどうだったでしょう?

ホーンズビー:シアトルをツアー中に、私のプロダクションマネジャーから電話を受けた。彼はグレイトフル・デッドの大ファンで、ブレントが夜間に亡くなったことを知らせてきたんだ。私はその日、朝のラジオ番組に出演しなければならなかった。朝の8時頃に通りを歩いていると、誰かが近寄ってきて「ブルース、デッドに加入するのかい?」と言われて驚いた。ラジオ局でも同じ質問を受けた。私はそんなニュースに動揺していた。ブレントは好きなミュージシャンだったし、素晴らしい人間だった。

以前彼らの前座を務めて行動を共にしたこともあった。残念ながら彼の死をきっかけにバンドとの関係が深まることになった。彼らは私にサポートを求めてきた。1週間後、ジェリー(・ガルシア)とフィル(・レッシュ)が私のライヴ会場へやって来て、バンドに加わってくれるように要請された。私は「4、5年前にオファーしてくれれば、迷わずイエスと言えただろう。でも今はこの通り、自分のことで手一杯だ。私は途中で止めたくない。それでも助けて欲しいというのであれば、考えよう」と言った。



ーデッドとの経験からはどのような影響を受けたでしょうか?

ホーンズビー:誰も予期しない方法で、私の音楽に影響を与えた。私は常に即興を好むミュージシャンだ。1曲を1時間続けてプレイすることなど朝飯前だったし、正に彼らともそういう感じだった。しかし最も影響を受けてインスパイアされたのは、ソングライティングのやり方だ。ロック世代の誰にも彼らのソングブックを見せてやりたい。ガルシアと(ロバート・)ハンターの楽曲は時代を超越していた。まるで150年前に作られたかのように聴こえる。

彼らからはとても影響を受けたし、何度もインスピレーションをもらった。自分のアルバム『Hot House』用に「The Tango King」を書いた。8分の9拍子の楽曲で、グレイトフル・デッドの曲「Estimated Prophet」の中の「California」セクションにインスパイアされている。(ボブ・)ウェアに聴かせた時、私の方を見て「何と図々しい奴だ」と言われたよ(笑)。


From Rolling Stone US.




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