パンデミック新時代、コウモリ・蚊・ダニの恐るべき伝播力

地球規模の感染症監視システムが必要

重症熱性血小板減少症候群に近い種類に、クリミア・コンゴ出血熱(CCHF)がある。ベントは、科学者が「媒介者の交換」と呼ぶ現象を懸念している。つまりCCHFウイルスの媒介者が、米国ではベントの研究所以外に存在しないHyalommaダニに代わって、全米に拡散しつつある攻撃的なフタトゲチマダニへと移る状況だ。

CCHFウイルスは、フタトゲチマダニにも広がるだろうか? 「自然界は複雑だ」とベントは言う。「ダニのひと噛みから大惨事につながる、という筋書きは好きでない。しかし同時に、実際に起きないとも限らない」

私はマックス・ビジラントに、ヒューストンで病原体を持った蚊が最も多く生息する地域を案内してくれるよう依頼した。デング熱やジカ熱などのウイルスに感染するリスクの高い地域だ。私たちは研究所から(コロナウイルス感染対策のため別々の)車に乗り、30ブロック程進んだ場所にある黒人とヒスパニック系の多く住む平屋根の住宅地へと向かった。取材の時点で新型コロナウイルスは猛威をふるい、通りには人けも無く、病院は満床状態だった。全米第4の都市がゴーストタウンのようになっていた。交差点付近に車を停めると、向かい側の駐車場には放置された多くの車や、前輪を失い牛乳箱で支えているオートバイが見えた。枝の伸びたオーク、葉の茂ったヤシの木、伸び放題の草など、周囲は緑に囲まれている。もしも自分が病原菌だったら、隠れるのに最適な場所だと感じた。それから私は、周囲の貧困状態にも注目した。窓の網戸は壊れ、暑い気候にもかかわらず、エアコンの音がどこからも聞こえてこなかった。

「蚊にとっての天国だ」とビジラントは、蚊の産卵場所になり得る道路脇の排水溝を指差した。周囲の木陰を日中の休憩場所にして、壊れた網戸の隙間や開け放した窓から入り込み、ヒトの血を簡単に吸えるのだ。「故郷のドミニカを思い出す」とビジラントは言う。


ガルベストン国立研究所で、クリミア・コンゴ出血熱の原因となるダニ(Hyalomma)を研究するデニス・ベント。(Photo by Mark Kinonen/University of Texas Medical Branch)

新たなパンデミック時代を懸念する公衆衛生当局、科学者、活動家らの間では、備えの必要性が話題になっている。「地球規模の感染症監視システムが必要だ」と、非営利団体エンディング・パンデミックスの代表を務めるマーク・スモリンスキは言う。同団体は携帯電話やその他の単純なテクノロジーを利用して、感染が疑われる人々の状況を公衆衛生当局へと通知する取り組みを8か国で展開している。米国にはかつて、新たな感染症流行に備え、検知するためのPREDICTをはじめとする国を挙げた大規模なプログラムがあった。オバマ政権のEmerging Pandemic Threatsプログラムの一環として2009年に始まったPREDICTは、2005年の鳥インフルエンザH5N1型の大流行がきっかけとなった。PREDICTプログラムは200億円以上の予算をかけて、アフリカとアジアの30か国の約5000人の科学者を養成し、ヒトに影響を及ぼす可能性のある動物ウイルスを検知できる60の研究所の新設・強化を促進した。PREDICTに関わる科学者は16万以上の生体サンプルを収集し、エボラの新種を含む1000種近い新型ウイルスを発見した。

ところがトランプ政権は、特にオバマ政権下で始まった、世界規模の公衆衛生に貢献するあらゆるプログラムの継続に興味を示さなかった。新型コロナウイルス感染症が大流行するわずか数カ月前の2019年10月、PREDICTの予算が尽きた。トランプ政権は4月になってプログラムの緊急延長を許可したが、時期を逸していた。バイデン次期大統領は、PREDICTの再開を約束している。また、トランプ政権が2018年に別組織と統合した国家安全保障会議内の部門(Directorate for Global Health Security and Biodefense)も、復活させる予定だ。バイデン政権で首席補佐官を務める予定のロン・クレインは、オバマ政権時の2015年にアフリカでエボラ熱が大流行した際の「エボラの専門家」として広く名を知られた。次期政権では、ホワイトハウスが新型コロナウイルス対策本部となるに違いない。

Translated by Smokva Tokyo

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