二人が語る「スランプ」と「挑戦」─以前のインタビューで桑原さんは、「非日常ではなく、日常に感じるちょっとした心の揺れなどを曲にしていく方が、人に寄り添える音楽が書ける」というふうに気持ちを切り替えた時期があったと聞きました。桑原:そうなんです。「自分自身、こう生きていたい」みたいなアーティスト像を掲げていると、超苦しくないですか?
シシド:苦しかったです。
桑原:私、それこそマイケル・ジャクソンみたいな、生活感が全くない人が真のアーティストだと思ってしまっていて。そういう理想を追い求めすぎてしまっていた時期があったんですよね。曲を書くときには3週間くらい人に会わず、日の光が入らない場所でひたすら作業するみたいな。
シシド:ええ!? そこまで自分を追い込むのはすごいね。
桑原:そうやって出てくるものこそ「芸術」だと思っていたんです。時期が5年くらいあって。でも、あるときプツンと曲が書けなくなってしまって。
Photo by Mitsuru Nishimura─そんなときにクインシー・ジョーンズと出会ったのが、今作に収録されたオリジナル曲「The Back」を作るきっかけになったとか。桑原:モントルージャズフェスのコンペティションに、日本人代表で出演が決まった時があったんですけど(2015年)、ちょうどスランプ真っ只中だったので、スイスまで行くかどうするか迷っていたんですよ。自信もないし「1位を獲って帰らないと、みんなに見放されるんじゃないか?」とまで思い詰めていて(笑)。そういう精神状態なので、向こうでもずっと泣いてたんですよね。で、出番10分前くらいに舞台袖に行ったらそこにクインシーがいたんですよ。「演奏を見にきたよ」って言ってくれたんです。
その時点で「うわあ、クインシーだ!」ってなるわけですよ。メンタル崩壊してるので、号泣してしまったんですよね。そしたらクインシーが、「賞なんてどうでもいいから今の君の演奏をしてきなさい」って。その言葉に勇気づけられて、ステージ上で思い切り即興したら持ち時間をオーバーしちゃって、結局コンペは失格したんです(笑)。でもクインシーからは、今の演奏はすごくジャズだったし音楽だったしゴージャスだった。あなたに足りないものは何もない。生きるだけだ」と言ってもらえて。
シシド:わあ、クインシーにそんなこと言ってもらえたら嬉しいよね。
桑原:それで少し話をして、帰っていくクインシーの背中を見ているときに「今、曲を書かないと後悔する!」と思ったんです。それで帰りの飛行機の中で書いたのがこの曲なんですよね。そのおかげでスランプからも抜け出すことができて。
シシド:そうだったんだ。だからタイトルが「The Back」(背中)なんだね。
桑原:そうなんです。今でもその時の背中を、映像として鮮明に覚えているんですよね。クインシーに会っていなかったら音楽辞めていたかも、と思うくらい落ち込んでいたから、本当に彼には感謝しています。カフカさんは、そういうスランプってありましたか?
シシド:スランプしかないです。
桑原:ええー?
シシド:(笑)私は作詞をするんですけど、パパッと書けたことなんてほとんどないですし、それこそいつも苦しみながら書いていますね。出来上がったものに対しても「自分に才能がある」とは思えなくて。ただ、自分はドラム&ボーカルという形にはもはや囚われてはいなくて、何かしらの形で「音楽」をずっと続けてはいくのだろうなと思っているのですが。
─ハンドサインを学びにアルゼンチンへ留学してサンティアゴ・バスケスに師事したのも、その考えのもと?シシド:それこそ縁もあったし興味もあって、そういう行動を起こしたというのもあるけど、納得できるレベルまで到達できているか?と言われたら、まだ探っている途中ですし。そういった意味では、達成感みたいなものはまだ一つもないかも知れない。ずっと納得できるものを探して回っているのかも知れないですね。もちろん、「叩いて歌う」ということに対するアイデンティティは感じていますし、そこは細く長く続けていきたいことだとは思いますが。
「el tempo」はシシド・カフカがコンダクターとして100種以上のハンド・サインを駆使し、バンドの即興演奏をディレクションするプロジェクト。動画は2020年10月に開催されたブルーノート東京公演のダイジェスト。桑原:最近はどんなことに挑戦していますか?
シシド:コロナ禍に「時間ができた、これはチャンスだ」と思って作曲を始めてみました。やってみると、やっぱり難しくて。「まずは和音とか理解するところからだな」と思って、YouTubeで調べて鍵盤の押さえ方から始めていますね(笑)。
桑原:ほんとですか? すごい……。
シシド:また忙しくなってきて、最近は疎かになりがちなんですけど、でもちゃんと続けていきたいことの一つです。
桑原:いつでも弾きますよ!
シシド:本当に? 嬉しい。でもその前にあいちゃんをel tempoに呼びたいんだよね。
桑原:私、el tempoめちゃめちゃ興味があったんですよ。ぜひ誘ってください!
桑原あい
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