反ワクチンに人種差別、エリック・クラプトンの思想とどう向き合うべきか?

Illustration by Joan Wong for Rolling Stone. Images in Illustration by Michael Ochs Archives/Getty Images; Steven Puetzer/Getty Images


人種差別発言、ファンたちの戸惑い

1976年の夏、デイヴ・ウェイクリングはクラプトンのことをよく分かっているつもりだった。のちにUKスカバンドのパイオニア、イングリッシュ・ビートを結成するウェイクリングはこの時まだ20歳。彼はクラプトンの大ファンで、故郷のバーミンガムからロンドンまでヒッチハイクして、ハイドパークまでクラプトン率いるブラインド・フェイスを観に行ったこともあった。

しかし1976年8月、バーミンガムのオデオン・シアターにクラプトンを観に行った時、ウェイクリングは呆気にとられてしまった。大半のロック仲間と違い、ベトナム戦争などの話題には一切触れてこなかったクラプトンだが、この日は明らかに酔っていて、移民について不平をこぼし始めた。この日のコンサートは撮影も収録もされていないが、当時の記事(とウェイクリングの記憶)によれば、クラプトンはステージ上で不道徳なレイシスト発言を始めた。本人もこの時の発言を一度も否定したことはない。彼はこの時、イギリスが移民流入の結果「10年以内に植民地化してしまう」と語った。さらに「外国人」は大英帝国を去るべきだ、というたわごとを続け、「ウォグは出ていけ……田舎者は出ていけ」と言った(ウォグとは真っ黒な顔をした人形ゴリウォーグの略で、非白人系に対する蔑称)。

「話が続くにつれ、『これはジョークなのか?』と思いました」とウェイクリングは振り返る。「やがて、冗談でないことがはっきりしてきて……観客席に一種のざわめきが起こり始めました。彼はまくしたて続け、ざわめきはどんどん大きくなりました。『彼はマジで何を言っているんだ?』……公演後にみんなでホワイエに集まると、コンサートの時と同じくらい騒然としていました。『彼は一体どうなっちまったんだ? あの野郎!』って」

クラプトンがステージ上で、イギリスの保守派イーノック・パウエル氏の支持を表明すると、ウェイクリングはさらに憤慨した。パウエル氏は毒舌で知られるファシストで、1968年に移民流入を非難した「血の川演説」をバーミンガムで行い、物議を呼んだ政治家だ。バーミンガムは白人と黒人の労働者が一緒になって工場で働いていたからこそ、近年はより融和が進んでいるようにウェイクリングは感じていた。


70年代のクラプトン(Photo by Evening Standard/Hulton Archive/Getty Images)

そのとき、(カリブ海移民のルーツを持つ)作家のキャリル・フィリップス氏も観客の中にいた。彼は当時高校生で、クラプトンの作品でも、特にレゲエとブルースの融合を敬愛していた。「私にとって、クラプトンはクロスオーバーの象徴的な存在でした。あちら側にも私と同じような人間がいるんだと。つまり、私は白人の音楽が好きな黒人の若者、彼は黒人の音楽が好きな白人なんだと思っていました」とフィリップス氏は振り返る。

だが、オデオンにいた大勢の観客と同様、フィリップス氏もクラプトンの長広舌にたじろいだ。「彼は『故郷に帰れ』というようなことを何度か言って、それから1~2曲ほど演奏しました」と彼は振り返る。「まるで酔っ払いのように、何か言いかけていたことを思い出しては、数曲後にまた話し出す始末でした。まさか彼みたいな人物が、ステージ上であんな話をするとは夢にも思いませんでした。その夜はずっと有毒な雲が立ち込めているような気分でした」。客席にいた数少ない黒人たちと同様、フィリップス氏も「周りの目が一斉に自分へ注がれたあと、みな一斉に視線を逸らす」のを感じたそうだ。

クラプトンの発言はバンドメンバーにも衝撃を与えた。「エリックの発言は寝耳に水でした」と、当時クラプトンのバンドにいたジョージ・テリーは振り返る。「彼は自分が知る限り、僕や他のメンバーに、コンサートで話す内容を口にしたことはありませんでしたから」

Translated by Akiko Kato

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