ロバート・グラスパーが語る、歴史を塗り替えた『Black Radio』の普遍性

 
『Black Radio』が提示する
トップレベルであることの基準

―『Black Radio Ⅲ』ではシンガーやラッパーの参加人数が増え、ロバート・グラスパー・エクスペリメント名義のバンドで録音した過去2作と異なり、演奏面を支えるミュージシャンも多数クレジットされています。さらにはコロナ禍の影響もあったはずで、これまでとは違う制作プロセスになったのではないでしょうか?

グラスパー:イエス! いつもより大変だったよ(笑)。アーティストと一緒にスタジオに入ると、その場のノリでちょっとしたことを思いついたりできる。「オーイエー、そうそう、いいね」みたいな感じで、一緒に考えながら作ることができる。リモートではそういうマジックが生まれないよね。一緒にクリエイティブになって作ることができない。だから、「これが曲だよ」ってデータを送って、向こうがボーカルを入れたのを送り返してきて……というプロセスだった。例えリアルタイムでやり取りしながら作業していたとしても、同じ部屋で一緒に作る時の閃きやマジックが生まれないのは事実。それでも、この『Ⅲ』には素晴らしいアーティストたちが参加してくれているから、(リスナーは)気づかないんじゃないかな。同じ部屋に集まって作ったように感じるだろうし、きっと気に入ってもらえると思う。だからこそ発表することにしたんだ。いいアルバムになったと自負している。

―とはいえ、『Black Radio』みたいな作品をリモートで作るのは大変そうです。

グラスパー:プロデューサーとしての立場でいえば、間違いなくこれまでよりハードな作品だった。アーティストを遠隔でプロデュースするのって本当に難しいんだ(笑)。特にパンデミック真っ只中だったのはしんどかったよ。アーティストにもいろいろいて、コロナ禍でスタジオにこもって作りまくるのが最高に楽しいって人もいれば、こういう状況で気が滅入っていてインスピレーションが沸かないと落ち込んでるとか、アーティスティックになれないとか言って、「スタジオに入るのは来週かな、それか2週間後になるかも」みたいな人もいた。そもそも、いつになるかどうするかもわからない……みたいな人もいた。実を言えば、『Ⅲ』に参加したいと言ってくれたアーティストは他にも何人かいたけど、彼らは(参加できるほど)クリエイティブになれなかったんだ。本当に厳しい時期だったよね。


Photo by Mancy Gant

―ここからはゲストについて聞かせてください。 『Black Radio』シリーズにはこれまで多くのR&Bシンガーが参加してきました。その人選はかなり幅が広く、レイラ・ハサウェイからエリカ・バドゥ、BJ・ザ・シカゴ・キッドまで、様々な世代やコミュニティからシンガーが起用されています。この人選にはどんな意図があるのでしょうか?

グラスパー:俺はアーティストの偉大さ(greatness)を線引きするための基準を確立しようとしているんだ。今は誰でもアーティストになれる時代だし、誰でもレコードを売ることができる。才能がまったくなくてもね! だからこそ、俺がやることそのものが何かしらの基準となって、レベルを見極められるようにしたいと思っている。『Black Radio』を聴けば、一級品のレベルがどういうものかがわかるようにね。そこが重要なんだよ。


レイラ・ハサウェイ
「ダニー・ハサウェイの娘」という枕詞も不要なトップ・ヴォーカリスト。バークリー出身で、ジャズもR&Bも自由自在。スナーキー・パピーとの2013年共演曲「Something」では同時に複数の声を出してハモる、マルチフォニックな歌唱でグラミー受賞。歌手としてただ一人、『Black Radio』3作すべてに参加。

―R&Bという括りでもう少し掘り下げると、フェイス・エヴァンス、ブランディ、クリセット・ミッシェル、メイシー・グレイ、インディア・アリーなど、あなたや私がまだ学生だった90〜2000年代にヒットを生み出したシンガーを多く起用していますよね。

グラスパー:自分が一番好きな時代だからね! 高校生の時、俺が生まれて初めて書いたジャズ・ソングは、ブランディの曲をサンプリングして作ったんだ。ブランディ、フェイス・エヴァンス、メアリー・J・ブライジはずっと大好きなアーティスト。ちょうど俺が高校生だった時代の、まさに俺のサウンドトラックなんだよ。当時から彼女たちは本当に素晴らしいシンガーだと思っていた。実際にあの時代は素晴らしいシンガーが多かった。本当に素晴らしいR&Bシンガーたちが生まれた時代だと思う。

―しかも、彼女たちは長いキャリアを経て、今も実力をキープしていることを『Black Radio』で証明している。そういった点もこのシリーズの素晴らしさだと思います。

グラスパー:今は「歌う」ということがあまり重要じゃない時代になってしまった。だからこそ、俺は素晴らしいシンガーたちを起用し続けているんだ。それこそが今の時代に足りないものだと思うからね。今日のシーンでは残念なことに、そういう要素は重要視されなくなってしまったから。

―「歌う」という観点で気になっていたのが、『Black Radio』シリーズの収録曲は、例外もありますけど遅い曲が多いですよね。スロウ、もしくはミディアムのテンポが多い。どんなに上手なシンガーやラッパーが参加している時も、みんなゆったりしたテンポで表現してきた印象です。

グラスパー:それは意図的ではないかな。ただ、自分が速い曲を好きじゃないだけ(爆笑)。正直わからない(笑)。でも、俺はダンサブルな曲とかやらないだろ?(目を瞑って上のほうを見ながら、ゆっくりと伴奏をする振りをして)そもそも俺はスロウな曲が好きだから。それに、スロウな曲にはいろんなことができる余白があるしさ。だから結果的にそうなってしまうだけだ。スロウ〜ミッドテンポが俺の好みってことだね。

Translated by KANA

 
 
 
 

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