田中宗一郎×小林祥晴「2022年初頭ポップ音楽総括:開戦前夜に優れたアーティストたちは何をどう表現していたのか?」

・アートのフィクション性が揺らぐ現代に、ザ・ウィークエンド新作は一石を投じる?

田中 それで言うとザ・ウィークエンドの『Dawn FM』は「あんたが死をモチーフにしたシリアスな作品作るとかどうなの?」っていう感じもなくはない。

The Weeknd - Out of Time (Official Video)


小林 十分笑えるアルバムだと思いますけどね。今回の作品は端的に言うと、コロナ禍にザ・ウィークエンドがこれまでの人生を振り返って、現世に残した恨みや後悔に向き合うという贖罪のアルバム。タナソウさんもthe sign podcastで指摘してましたけど、アルバムの最初と最後に小鳥のさえずりが入ってるだけで噴き出すでしょ。「こんな白々しい救済のイメージある?」って。

田中 実際、ヴァースを客演してるタイラー・ザ・クリエイターやリル・ウェインに「お前、マジで言ってんの?」的なツッコミを入れさせてるしね。実にそこは抜け目なく抜かりない。だからこそ、このアルバムはあまりシリアスに取っちゃいけない気がする。「Less Than Zero」なんて、あの間抜けな8ビートもそうだし、ご丁寧にもメジャー・スケールで一音ずつ音階を駆け登っていって、さらに1ワンオクターブ上がってまた、同じメロディを奏でる80年代風のシンセ・リフとか(笑)。俺とかはあれを聴くだけで、「真顔では聴けないよ!」って気分になるけど。

The Weeknd - Less Than Zero (Official Lyric Video)



小林 ザ・ウィークエンドってマックス・マーティンと組んでヒットを飛ばし始めてから、ポップスターとしてのペルソナをかなり意識してまとい始めたと思うんです。だから、エイベル・テスティファイとザ・ウィークエンドの関係って、どこかデヴィッド・ボウイとジギー・スターダストの関係のようにも見えて。今回のアルバムのストーリー的にザ・ウィークエンドは放蕩の限りを尽くしたことを反省してるけど、エイベル本人はそことあんまり関係ないんじゃないか、っていう気もする。

田中 2010年代は作家本人の生活や言動と作品を同一視することが当たり前になった。ポップ音楽史上、ここまで表現のフィクション性を意識しないというのは、かなり大きな変化だとも思うの。この前、カミラ・カベロがエド・シーランが一緒にやった「Bam Bam」が出た時も、誰もがまずは「ショーン・メンデスとの破局をどう受け止めていくかがテーマ」だと口にしてしまう。

小林 間違ってはないんですけどね。

Camila Cabello - Bam Bam (Official Music Video) ft. Ed Sheeran



田中 ただ、ソングを語る上でまずそこから始まるのがごく当たり前になったのはかなり異常なこと。音楽的な形式とか、作品の自立性とか、「フィクションとは何なのか?」といった視点が完全に後回しになることになった。でも、もしかすると、ザ・ウィークエンドの新作は結果的にそこにちょっとした疑問を投じる作品になってるのかもしれない。いや、わかんないけど(笑)。

小林 わからないって思わせるだけで、もう成功しているんだとも言えるし。

田中 そうそう、アートとして成功。2010年代は北米のポップミュージックを論じる際にも、「これが正解です」っていう解説に対するニーズが高まった。日本語ネイティヴ圏以外でも。でも、この作品はそういった状況にに揺さぶりをかけている――のかもね(笑)。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE