田中宗一郎×小林祥晴「2022年初頭ポップ音楽総括:開戦前夜に優れたアーティストたちは何をどう表現していたのか?」

・政治化と脱政治化、Z世代で同時進行する2つのベクトル

小林 ところで、Z世代の間でCDリヴァイヴァルが起きてるという話題があって。ピッチフォークの調査ではCD人気が復活してるのは数字上でも確かだと。もちろん規模としてはヴァイナルの購入層よりもさらに小規模な、ニッチの動きなんですけど。中心になっているのは、ちょっとヒップな音楽が趣味の大学生みたいですね。日本のシティポップのコンピをCDで買ったり。

田中 皮肉なのは、去年のロードのアルバムは環境負荷への配慮からCDを出さなかった。それでセールスは伸びず、存在しないかのように扱われた。でも、その翌年にCDリヴァイヴァルが騒がれてるというね。

小林 かわいそう(笑)。でも面白いですよね、Z世代は政治的な倫理観が高くて、特に環境問題に対してはそれに配慮するがゆえに古着やリメイクしか着ないなんて言われてるけど、一方でプラスティック製品のCDをクールだと買う層がいることも可視化されてきて。

田中 ここ数年、文化的なアングルでもマーケティング的なアングルでも、良くも悪くもZ世代がもてはやされてきた。でも当然、Z世代の間にもグラデーションがあるっていう事実には目を向けなきゃいけない。我々はグレタ・トゥーンベリやビリー・アイリッシュといったアイコンを通してZ世代に対するイメージを育んだわけだけど、オリヴィア・ロドリゴ以降、さらにはゲイル以降でまた違う側面に気づくことになった。で、奇しくもそれとCDリヴァイヴァルのタイミングが同じだった。でもさ、ピンクパンサレスだってエモなわけじゃない?

小林 彼女はマイ・ケミカル・ロマンス大好きですしね。

田中 自分の半径5メートルの不安や生きづらさを歌っているという点では3人とも新世代のエモなんだよね。ビリーはそれを社会的なアングルに接続可能な表現をやっていたけど、今年はそことは若干分断した表現が目立つようになった。で、政治的だと言われていたZ世代にも脱政治化というベクトルが存在することを表象してるのがゲイルだよね。オリヴィアというよりは。

小林 ゲイルは「abcdefu」がTikTok発でヴァイラルして、現時点で全米3位。別れたボーイフレンドに対して、「あんたも、あんたの友達もみんなファック・ユー。ただし、あんたの犬だけは別」って歌うポップなギターロックで、同世代の女の子の共感を呼んで盛り上がってる。でも正直、オリヴィアの二番煎じ感がすごい(笑)。オリヴィアほどリリックの文学性が高くないという劣化具合も、二番煎じの教科書みたいでいいなって。

田中 ビリーが持ってた半径5メートルで起こっていることが社会の写し鏡だという視点はあると言えばあるのかもしれないけど、まあ、オリヴィアのようなリリシズムはないよね。でも、「A-B-C-D-E, F-U」という直接的なコピーライトは優れてる。なおかつ、ビリーやオリヴィアと較べてもかなりエモーショナル。

GAYLE - abcdefu (Official Music Video)



小林 若い世代の間で怒りの表現、そしてその受け皿としてのギターロックが定着してきた印象を受けます。

田中 でもさ、もし自分が15歳だとしたら、プーチンも極悪だけど、バイデンだってゼレンスキーだってどうなの?と思うし、カニエも正しいことをやってるかもしれないけど本当に馬鹿だし、「結局、大人はみんな馬鹿だ」っていう感覚を持ったと思うの。半径5メートルの不安や悩みに苛まれていて、「ウクライナ侵攻に対して自分たちがやれることは少ない」みたいなことまで考える余裕もないまま、自分たちは社会の外側に追いやられていると感じてもおかしくない。だからこそ、「とりあえず怒る」っていうのはリーズナブルだと思う。

小林 エモラップを含む、2010年代のエモのリヴァイヴァルに見られたような、内省的だったり自傷的だったりする表現と較べれば、全然健康的だと思います。

田中 それに、日本の「うっせぇわ」にしろ、全世界的に怒りの表現が若い世代に共有されているという現実は受け止めなきゃなんないよね。

小林 ただ、表現の形式的な側面からすると、ゲイルよりも、ヤズ「Mr Valentine」みたいな、明後日の方向でドラムンベースを勘違いした曲の方が面白い。

田中 超いいよね。彼女、まだ1曲しかリリースしてないけど、明らかに「ピンクパンサレス以降」。

YAZ - Mr Valentine (Official Music Video)



小林 ドラムンベースをリアルタイムで聴いてた世代からは絶対に出てこない発想だから、驚きがある。ただ、こういうハイパーポップともエモとも接点があるピンクパンサレス以降の動きを見てると、グライムスは先駆者だったんだなと思いますよね。で、チャーリーXCXがリナ・サワヤマとやった「Beg For You」は、ビートがUKガラージ/2ステップ寄りで、これはピンクパンサレス以降へのシンパシーが込められてるなって感じました。チャーリーはこの動きにいち早くアクセスしてアーティストのフックアップもしてたし、そもそもハイパーポップのルーツと言えるPCミュージック周りの磁場が生んだポップスターだから、理に適った動き。

Charli XCX - Beg For You feat. Rina Sawayama [Official Video]



田中 でも、チャーリーは次のアルバム『CRASH』がメジャーからの最後のアルバムなんだって。そこには時代の変節を感じるところもある。ちょっと寂しいな。

小林 チャーリーと同日にアルバムを出すのがロザリアですけど、やっぱり今はチャーリーみたいに英語圏のアンダーグラウンドでエクストリームなシーンと接続したポップスターよりも、非英語圏の文化やビートを背景にしたポップスターの方が、どうしても注目度は高い。

田中 とにかくロザリアは楽しみ!

状況に飲み込まれず、フラットに思考することの難しさと重要さ

田中 ゼロ年代のUSインディからの流れで、今一番の希望の存在とされているのはビッグ・シーフ。ゼロ年代のUSインディは倫理意識が高く、表現としても優れていた。ただこれは、リーマンショック以前の豊かさや、社会の中で優遇されてきた白人から出てきた表現。それと、ゲイルみたいな今の10代から出てくる表現が比較できるのか? ま、比較するんだけど、俺たちは(笑)。ゼロ年代のUSインディと較べれば、ゲイルはハイクオリティではないかもしれない。ただ、USインディは豊かさという土壌から生まれたものだという視点も忘れちゃいけない。で、今話したようなことを前提にした上で、ビッグ・シーフの新作『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』はどうだった?(笑)。

小林 端的に言うと、「ザ・USインディの良いアルバム」。アメリカーナを基盤としつつ、そこにモダンなプロダクションを加えてアップデートするという手法は、ゼロ年代初頭からUSインディが伝統的にやってきたこと。人間の愚かさを違う動物や地球外生命体の視点から相対化するというリリックの手法もアニマル・コレクティヴやチルウェイヴの非人間至上主義と近い。まさにUSインディの本流ですね。で、今回のアルバムは彼らのキャリアにおいても、ここ数年のUSインディにおいても、ひとつの到達点だと思います。

田中 実際、バンドにとって初全米トップ40入りを果たしたアルバムにもなった。

Big Thief - Red Moon (Official Video)



小林 僕はALBUM GUIDEではビッグ・シーフとザ・ウィークエンドを対置させる形で原稿を書いて。そこではザ・ウィークエンドは資本主義社会における愚かな人間の表象であるのに対し、ビッグ・シーフはそうした自分たちの愚かさを相対化して、貧しくても清く正しく生きようみたいな高い倫理観を持ってる人たちみたいな位置づけにした。ただ僕としては、その間に位置する何かを模索するのがアクチュアルじゃないかな、とも思う。

田中 じゃあ、今の小林君の視点から、この3ヶ月間でその中間に位置する作家や作品を挙げると?

小林 まあ、本人たちはそういう小難しいことは一切考えてないと思うんですけど、温度的にちょうどいいなと思うのはウェット・レッグですね。

田中 賛成! ニューカマーの作品の中ではウェット・レッグが一番よかった。

Wet Leg - Chaise Longue (Official Video)



田中 で、ここからすごく反動的なことを言うんだけど(笑)、それ以上にいいと思ったのがレッド・ホット・チリ・ペッパーズとザ・スマイル。

小林 おおー、これはアツいですね(笑)。

田中 自分でも「お前、何言ってんだ?」って感じがするんだけど(笑)。でも、その三者の共通点が2つあって。1つは三者とも特に大したことない(笑)。

小林 確かに(笑)。

田中 で、もう1つはビートの音色がいい。チリ・ペッパーズがリック・ルービンとやるのは10年ぶりでさ。5年前の前作はデンジャー・マウスがプロデュースだった。R&Bやヒップホップの文脈からの傑作がたくさん出てきた2016年にその人選はリーズナブルだった。実際、生の太鼓に打ち込みのスネアを加えたりしてて。でも、今回のレコードは本当に何もしてない(笑)。俺のリック・ルービンに対するプロデューサーとしてのイメージって、とにかくマイキングが上手い。あとは、とにかく場を盛り上げるだけ。どっちにしろ、空気作りが上手い人(笑)。「ただ演奏を録りました」みたいな。でも、これは2022年的だなっていう実感があった。

小林 どういうことですか?

田中 昨年のシルク・ソニックのレコードは、生演奏をどうレコーディングするか、それにどうポストプロダクションを加えるか?という二つの命題の両方をクリアすることに見事に応えた緻密なレコードだった。でも、生演奏にしろポストプロダクションを重視した、プログラミング音楽全盛だった2010年代のトレンドにいかに向き合うか? という意識をスッポリと脱ぎ去った感じが、チリ・ペッパーズとザ・スマイルにはある。

小林 なるほど、それは確かに新鮮。

田中 ウェット・レッグもさ、「難しいことを考えずに、パンッと演奏して、さっと録りましょう」みたいなレコードじゃん。しかも、ロックのフォーミュラに固執している面倒臭い感じもない。それに比べると、ビッグ・シーフはすごく生真面目すぎてさ。世界や社会のことも、その中での自分たちがどう行動すべきか?を生真面目に考えていて、どこか対処療法的な、ひ弱さがある。

小林 厳しいな(笑)。

田中 いや、全然素晴らしいんレコードだと思うよ。ただ、チリ・ペッパーズも、ザ・スマイルも、ウェット・レッグも、「やりたいことやってまーす」って感じでしょ? つまり、誰もがシリアスに考え過ぎて、失ってるものがあるんじゃないか。そんなことをこの三者からは感じた。だって、ザ・スマイルにしたってホント大したことないじゃん。特徴としては、偶数と奇数が入り乱れる変拍子、それとレゲエ/ダブの引用、イタリア首相だった時期のベルルスコーニが彼の経済汚職を批判したジャーナリストやコメディアンをキャンセルした事件を引用した「もう二度とテレビ局では働かない」っていうタイトルをはじめ状況主義のスローガン的な手法とか、メンバー間で自由に楽器を取り換えることくらい。

The Smile - You Will Never Work In Television Again



小林 プロダクション重視の傾向はゼロ年代初頭から続いてきたから、もしこの機運が広がるようなことがあれば大きな変化ですね。それはドラスティックで面白い。

田中 ザ・スマイルがストリーミングのライヴをやった時も、ヨーロッパ圏、アメリカ圏、アジア圏それぞれの時間に合わせて3回ライヴをやった。あのアイデアもすごく素敵だった。コーチェラのストリーミングを見るにはさ、北米はいいけど、ヨーロッパやアジアの人は変な時間に観なくちゃいけない。じゃなくて、「自分たちが朝食を食べてすぐにライヴやります」みたいな(笑)。そしたら、ライヴをやる方も普段とは全然感覚が変わるだろうし。何より、「北米でやってるんだから、その時間に合わせて世界中の奴らが観ろよ」っていう傲慢さっておかしくね?(笑)。そういう小さな、別段大したことないアイデアを楽しんでやってる感じが素敵なんだよね。必要以上に状況に取り込まれず、フラットに思考出来ている感じっていうの? 「大傑作だ! 大名作だ!」って感じじゃないのが、むしろすごくいい塩梅。

小林 今は状況に飲み込まれずに何かをやるのは難しいですよね。SNSでいろんなものが見えてしまうし。

田中 そういう意味では、ネット経由の情報や映像の洪水がもたらすバブルの外側で生活しようよ、ってメッセージにもなってる。チリ・ペッパーズは言葉も頑張っててさ。そもそもアルバムタイトルが『Unlimited Love』っていうのがバカ過ぎて最高。「愛です!」とか言ってるわけじゃん(笑)。それをシリアスにエモく歌われるとムカつくけど、チリ・ペッパーズが言うとほんのり馬鹿馬鹿しさも漂ってて、そこの説得力もあると思った。

小林 なるほど。

田中 今回は「Poster Child」っていうポップアイコンの曲も書いてて。この曲のリリックはある意味、ボブ・ディランの「Murder Most Foul」に近い。あれはケネディ暗殺という時代の節目やその後の変化を、アーティストの固有名詞を散りばめながら書いたものだけど、この「Poster Child」もレッド・ツェッペリンからパブリック・エネミーのフレイヴァー・フラヴ筆頭に、固有名詞満載で、ポップアイコンであることがテーマになってる。

Red Hot Chili Peppers - Poster Child (Official Music Video)



アンソニーはトム・ヨークみたいにアイコンであることを拒否するのではなく、「自分はポップスターじゃないと生きられない」と言ってきた人。でも、「アイコンであるのは非常に厄介なんだ」ってことを歌うことを通して、このセレブ文化とポピュリズム全盛の時代について考えることを投げかけてる。しかも、すっごい平熱のファンク・ビートが最高でさ。余計なエモさがまったくないの。ほんの1時間前に2回聴いただけだけど、「これ、マジいいんじゃね?」って気分になりました。

小林 まさか2022年にタナソウさんの口からチリ・ペッパーズを絶賛する言葉が聞けるとは(笑)。

田中 まあ、そうやって俺自身も変わるし、時代も変わるってことなんじゃないかな(笑)。

【関連記事】カニエ改めイェの新作はシステム変革の触媒か? それとも、ただの音楽的駄作か?

Edited by The Sign Magazine

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE