田中宗一郎×小林祥晴「2022年初頭ポップ音楽総括:開戦前夜に優れたアーティストたちは何をどう表現していたのか?」



・カニエ改めイェの『Donda 2』はとんだ茶番か? それともリーズナブルな問題提起か?

田中 怖いと言えば、カニエ・ウェスト改めイェの新作『Donda 2』のリスニングイベントは見た?

小林 断片の動画を幾つか見ただけなので、全体像はわかってなくて。

田中 前半は『Donda 2』のリスニングセッション。アルバムのトラックリストから披露されたのは半分弱だったんだけど、全部口パクでした。

小林 (笑)まあ、確かにアルバムのリスニングセッションですからね。それでもいいんですけど。

田中 後半は『Donda』の曲が中心。あとはフィヴィオ・フォーリンとの2曲をやった。後半にマイクが入っていたのはフィヴィオ、アリシア・キーズ、「Jail」のフックを歌ったときのカニエ、あとはプレイボーイ・カルティだけ。プレイボーイ・カルティは2ミックスのトラックが流れる中で叫んでるだけ(笑)。フィヴィオのヴァースもトラックでは流れてて、その被せとあんま音量が変わらないマイクで歌ってて。「こんな茶番の中、一人ちゃんとラップしてる!」って、俺の中ではとにかくフィヴィオの株がめちゃくちゃ上がった(笑)。

小林 ハハハッ(笑)。

Kanye West - City Of Gods (Ft. Alicia Keys & Fivio Foreign) | DONDA 2 Listening Party 2022



田中 リスニングイベントの内容の是非は置いておくとして、スタジアムで、スポンサードを募り、バレンシアガがデザインしたギャップとのコラボマーチを出しつつ、アマゾンやトゥウィッチとも協業してコンテンツを作り、作品のプロモーションに繋げる――それはやっぱりカニエが生み出した手法だよね。やはりゲーム・チェンジャーとしてのカニエは健在。ただ、Stem Playerのみでのリリースっていうことも含め、こういったことをやれるのは限られた成功者だけだという視点もある。

小林 ただ、さっきの強者か弱者かっていう話で言えば、アーティストの時点でカニエは弱者だと思ってて。

田中 その通り。

小林 音楽産業における強者は配信プラットフォームでありレコード会社であり、アーティストはそこで搾取される存在でしかない。それを踏まえて考えると、カニエがアップルから2億円のスポンサー契約を取り下げられても、『Donda 2』をストリーミングサービスには配信せず、自分のガジェットだけで出すという判断をしたのは理解できます。ひとつの問いかけとして。

田中 ただ、2008年にレディオヘッドは『イン・レインボウズ』をIt’s up to you、あなた次第だと言って、フリーでもアルバムをダウンロードできるし、お金を払いたいと思ったら払ってください、っていうやり方でリリースした。そのときは、トレント・レズナーをはじめ、アーティストからのバックラッシュがあった。

小林 「お金がないインディアーティストには、そんなこと出来ない」っていう。

田中 それもフェアな意見だったと思うの。ただ「誰が弱者なのか?」っていう問題は今すごく重要でさ。これ、すごく複雑なのよ。誰もが自分自身が弱者であり被害者であるという立場に立ってしまいがちだけど、実際は両側面があるという複雑さに対する議論が足りない場合も多々ある。まあ、諸々を鑑みると、結局「カニエ最高!」という立場にはなっちゃったんだけど(笑)。

小林 いや、実はね、Stem Playerを注文してみたんですよ。でも三週間近く経ってもまだ届かない(笑)。

田中 でもさ、俺たちみたいにDIYでポッドキャストを運営して、その製作費を賄うためにマーチを作って、買ってもらって、それを梱包したり発送したりすることにヘトヘトになってるっていう事実もあるわけじゃん。

小林 (笑)そう、一緒と言えば一緒ですね。

田中 誰もがその背景を知らなくちゃいけないとは言わないけど、今はその背景がブラックボックスでも生きていける社会だというのは困ったものでもあるよね。

小林 でも、『Donda 2』については聴いてみないことには何とも言えないですね。 Stem Player届かないと。

田中 まあ、本気で聴こうと思えば、誰でも聴けるみたいだけどね。うふふ。

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