田中宗一郎×小林祥晴「2022年初頭ポップ音楽総括:開戦前夜に優れたアーティストたちは何をどう表現していたのか?」

・プラットフォームの覇権争いとそれがもたらすヒットの構造変化

小林 ただ、ザ・ウィークエンドのアルバムは全米1位を取っていないっていう。で、アルバム、シングル共に全米1位を独走し続けているのがディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』のサウンドトラック。

田中 超大ヒット。ディズニーアニメのサントラとしても数十年ぶりの全米1位。アルバムではザ・ウィークエンド、シングルではアデルを押さえての1位。

小林 間違いなく2022年初頭を象徴する現象です。

We Don’t Talk About Bruno (From "Encanto")



田中 まず大前提として、『ミラベルと魔法だらけの家』のミュージカルパートを手掛けたリン=マニュエル・ミランダの音楽家としての才能のすごさだよね。

小林 『ハミルトン』や『イン・ザ・ハイツ』も手掛けていて、昨今のミュージカル音楽界では指折りの才能。『ミラベルと魔法だらけの家』はコロンビアが舞台なのでコロンビア音楽を軸にラテンの楽器やサウンドを大々的に取り入れてる。ミランダ自身はプエルトリコ系ですね。もちろん近年のラテン音楽への注目度の高さもヒットの背景にあります。

田中 ただ、それ以上に、ディズニープラスという新たなプラットフォームの成功によって、ディズニーがこれまでには存在しなかった、新たなゲームの規則を生み出したことの結果でもあることは間違いない。

小林 日本ではディズニープラスはネットフリックスやアマゾンプライムに会員数では及ばないからピンと来ないかもしれませんが、アメリカでは完全に覇権を握ってて。2021年の配信映画トップ15のうち11作がディズニープラスの作品。『ミラベルと魔法だらけの家』も劇場公開時ではなく、ディズニープラスでの配信が始まってからヒットした。その影響力は計り知れない。

田中 もしかすると、今後は音楽のプロモーションの場としても映像プラットフォームの方が影響力が強くなるのかもしれない。Netflixでドキュメンタリー『jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作』が配信されて以降、カニエの1st『The College Dropout』が3月半ばには全米トップ10圏内に入りそうな勢いだしさ。

『jeen-yuhs』カニエ・ウェスト3部作 オフィシャル予告編



小林 でも、映像プラットフォームが音楽のプロモーションの場としても強くなると、音楽プラットフォームの未来ってどうなるんだ? っていう(笑)。

田中 で、そういう問題意識を持ってるSpotifyが数年前から力を入れてるのがポッドキャストだよね。そもそもiPhoneではSpotifyアプリをapp storeからしか落とせなくて、アプリ内課金から30%の手数料をアップルに上納しなくちゃいけない。そういう意味からすれば、Spotifyは明らかに弱者。そんな中、サヴァイヴするための一つの手段としてポッドキャストを始めた。でも、何億ドルっていう契約金で囲い込んだジョー・ローガンの番組が陰謀論に近いコンテンツを幾つも作ってたことに抗議する形で、ニール・ヤング、続いてジョニ・ミッチェルがSpotifyから音源を取り下げた。

小林 すると、すぐにアップル・ミュージックが「ニール・ヤングを聴こう!」みたいなバナーを上げたり(笑)。

田中 誰もが市場と利権を取り合って、そこに政治が絡んでいて、政治的な正しさも利用され、それがいろんな衝突に繋がってるっていう。もはやウクライナ侵攻と変わらないよね(苦笑)。国家同士の利権争い、企業同士の利権争いに作家や市民が巻き込まれているわけだから。

小林 Spotifyがジョー・ローガンを取ったのは経済的な観点からはよくわかる。ただ今って、YouTubeでもツイッターでもフェイスブックでも、フェイクニュースや陰謀論はバンしまくるじゃないですか。それは短期的には経済的デメリットだけど、長期的に見れば倫理的な観点から動いた方が企業にメリットがあると踏んでるからで。巨大IT企業がそういう方向に進んでるにも関わらず、Spotifyが違う選択をするのは意外でしたけど。

田中 でも正直、今回のウクライナ侵攻にしたって理解できないじゃない? 軍事侵攻や核の使用をちらつかせることで、国家間の経済交渉をする上でのアドヴァンテージを得ようとしていた時はまだしも、実際に軍事侵攻を選ぶことのメリットなんて何もないんだから。

小林 確かに。でもSpotifyが切実にポッドキャストのパイを生命線だと考えてることはわかりました。

田中 それにさ、Spotifyがミシェル・オバマとかジョー・ローガンに凄まじいお金を投下してポッドキャストの何度目かのブームを起こしたわけだけど、そこに更なる巨大企業であるアマゾンとアップルが乗り込んできたわけじゃない? GAFA――フェイスブックがメタに社名を変えたから、GAMAか(笑)――いまだアップルとアマゾンはそうした強者の代名詞なわけで。

小林 音楽配信の会員数で言えば、Spotifyはアップルやアマゾンを差し置いて断トツのトップ。でもGAFAと戦ってるっていう観点から見れば、Spotifyが脅威を感じてもおかしくないですよね。

田中 もしSpotifyが窮地に立ってるんだとしたら、それを促したのはアップルでありアマゾンだっていう考え方もある。ロシアによる軍事侵攻は、NATOやアメリカ側にも原因があるってこととも似てると思う。だって、そもそもロシアなんて資源しかないわけじゃん? 

小林 しかも、2月になってフランスが原発産業の再興を宣言し始めたりもしてたわけですからね。

田中 今回の軍事侵攻はまったく馬鹿げてるけども、窮鼠猫を噛むという話でもある。北朝鮮に対してもそうだけど、そういう国に対して国際社会が何を出来るのか? でも、現実はNATOもアメリカも、そのコバンザメの日本もカツカツ。どの国も余裕がない。そりゃ戦争だって起こりますよ。でもその中での正しさや倫理を求めなくちゃいけない。本当の弱者はウクライナの市民だし、それに次いでロシアの市民かもしれない。『シカゴ7裁判』でも、イデオロギーの対立でユナイト出来なくなった左派が最終的に再びまとまった理由は、具体的な戦争での死者の名前を一人ひとり読み上げていく場面だった。具体的な犠牲者が存在する、重要なポイントはそこなんだ、っていう。でも、本当に重要なことを誰もが騒乱の最中で見失ってしまう。そこが一番怖い。

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