ジェイコブ・コリアーが語る「シンプルとカオス」 音楽の申し子が変えたゲームのルール

 
音楽の申し子が変えたゲームのルール

―さっきSNSの話が出ましたが、僕は「ジェイコブ・コリアー以前/以後」という見方があると思っているんです。あなたの動画を見て「これをやりたい」と思った人はたくさんいると思います。それにこれまでは音域が広いとか、声量のあるなしで歌のうまさが評価されてきたと思いますが、今では分割画面でひとりクワイアをやることも歌のうまさとして認知されるようになった。その意味では、ジェイコブ・コリアーの成功は歌のうまさの定義を変えたり、ボーカリストのチャレンジの意味を拡張したと思うんですよ。

ジェイコブ:それはすごく嬉しい見解だね。でも僕は、自分の前の人たちがやってきたことの延長線上でやってきただけだから。僕のヒーローであるテイク6、シンガーズ・アンリミテッド、ハイ・ローズ(The Hi-Lo’s)、さらにはスティーリー・ダンやクイーンも、何層にも声を重ね合わせるということをやっていた。僕もこうするのが理にかなっていると思えたんだ。(頭の中では)いっぱいの声が同時に聞こえるのに、周りには一緒に歌ってくれる人がいない。だったら自分でやるしかない、と。別に新しい道を切り拓こうとか変革を起こそうではなく、頭の中にある音楽を外に出すにはそうするしかなかった。そうやっていく過程で偶然、これまで突き詰められていなかった方法にぶつかったのかもしれない。自分にとっては好きなミュージシャンを全部一つにしたってだけなんだよね。

「歌のうまさの定義」とさっき言ってたけど、人間の声って本当にパワフルだからいろんなことができる。声はリードシンガーにもなれるけど、同時にドラムやピアノ、ギターのコードやテクスチャーにもなることができる。ミュージシャンは誰しも「自分のサウンドは何? どう見つければいい?」と追求するわけだけど、僕にとっては明白なことで「歌えばいいじゃん」って思う。声だけは誰のものでもなく、自分だけのものだからね。声質だけでなく、どう声を利用するか。その選択こそが「自分は何者か、世界のどこから来たのか、どんなストーリーとともに育ったのか」を表現することでもある。頭の中にあるたくさんの音楽の全てを声だけで探求し、表現しようとすることが、僕にとってはいい出発点だったんだ。

でも、一旦そのサウンドで何が出来るかがわかったあとは、隙間を埋めるために他の楽器を入れていった。ドラム、ベース、キーボード、メロディカ、ウクレレ……でも、結局はそれら全てを使って、僕は歌ってるんだ。そもそもベースを弾いていても、キーボードを弾いていても、楽器を通じて歌っているわけだから。手で弾こうが、声を出そうがね。その人が奏でる音楽性は声の延長だということ、これは重要だし忘れちゃいけないことだと思うよ。人の心を動かすのは声だと僕は思っている。歌も言葉も、その人の本質が伝わるという意味で、何よりも心を動かすものだ。僕は(機材を使って)声を何層にも重ねてハーモニーを作っている時も、これは「自分の延長」なんだと考えている。すべてのミュージシャンにとって、自分の経験や選択が「声」になって表れるという考え方は、非常に重要なことだと思う。


2012年に公開された「Isn’t She Lovely」(スティーヴィー・ワンダー)のカバー動画

―あなたが声を使って、分割画面を通じて見せた表現は、周りに理解者がいない国に住んでいる人でも、もしくはパンデミックの時期に家に一人だったとしても、豊かな音楽を作り、それを当たり前のようにコンペティティブなものとして見てもらえる状況を作ったと思います。それは若いミュージシャンにとっての希望だったと思いますし、新しい表現のプラットフォームを生み出した、と言っても過言ではない気がするんですよね。

ジェイコブ:それも嬉しい言葉だね。でも、「世界に新たな波を起こすぞ!」と深く考えたわけではないんだ。僕はずっとこの部屋にいただけだから。僕はこの部屋が大好きだ。ここで歩けるようになったし、このピアノだってずっとここに住んでいる。そんなこの部屋で音楽を作るのは理にかなっていたんだ。だから、コロナになった時、変な話、僕には最初から準備ができていたんだよ。ずっとこの部屋の中で一人で音楽を作ってきたんだから。そのなかで、「じゃあ、そのフォーマットをどう新しく発明し直そうか」というのが、ロックダウン中のチャレンジではあったね。突然、大勢の人たちが、僕が何年も前にやっていたように分割画面のビデオを作り出したから、僕は新しい方法を見つけなきゃならなかったわけだよ。すでに自分がやったことを繰り返すのは、僕は正しいと思わないし、そもそも苦手だし、やりたくないから。常に進化し続けていたいしね。自分一人のスペースがあって、そこに他人を招き、そこからまた外に向かって出していく……というプロセスは一生続くことだと思う。だからこそ、戻れるこの場所(=自分の部屋)があることは幸運だとも思う。


2020年7月、NPR「Tiny Desk (Home) Concert」で披露されたジェイコブの自室パフォーマンス

―なるほど。

ジェイコブ:今は特に、また世界中をツアーするようになった。これまでずっと一人でいた分、新しいサウンドを見つけられることへの喜びや、それをまた自分の部屋に持ち帰ってこれる喜びにも心が弾んでいる。僕は日本にもまた戻りたいと思ってるんだ。日本は音楽だけでなく、自分にとって鮮やかな印象が残る特別な国だから。それにこうして君たちと話していてもエネルギーを感じる。そんなふうにいろんな国を訪れて経験してから、また自分一人の世界に戻ってそれを「説明」しようとする作業に取り掛かるんだ。それは自分だけの世界で行われる、たった一人での作業だね。このやり方が誰にでも向いているとは言わないけれど、少なくとも僕には向いている。人間ってみんな、「その人間にとって向いているバージョン」があるから。

ただ、(一人で作業をしていても)完全に孤立することはあり得ない。真空状態ではないからね。僕は世界の中で、世界と共に、何かを作っているから。ロックダウン中も家に家族はいたし、ソーシャルメディアもあったから、たくさんのインスピレーションは外から入ってきていた。だから僕は一瞬として、自分一人で何かを作ってる、という気持ちにはならなかった。世界を聞き、世界を見て、それが僕の中に入り、それを外に出すのが僕の仕事。一人でやることもあるけど、他人に協力してもらいながら作ることもある。「Never Gonna Be Alone」を作ってて楽しかったのは、そうやってジョンとリジーの音楽の世界を、僕の視点から見れたことだ。「君に聞こえていることが僕にはどう聞こえるだろうか?」「僕に聞こえているものが君にはどう聞こえる?」ってね。僕は一人の作業の時間がとても長い分、ああやってミュージシャンとコラボするといつも驚かされる。そして、人と力を合わせることがいかに元気をもらえるものなのかって気付くんだ。だから、人間は誰一人として一人ぼっちじゃないんだよ。




ジェイコブ・コリアー来日公演

2022年11月27日(日)大阪 BIGCAT
Open 17:00 / Start 18:00
スタンディング:¥8,500(税込・別途1ドリンク代)

2022年11月28日(月)Zepp DiverCity Tokyo
Open 18:00 / Start 19:00
1F : スタンディング:¥8,500(税込・別途1ドリンク代)
2F : 指定席:¥10,000(税込・別途1ドリンク代)

詳細:https://www.livenation.co.jp/artist-jacob-collier-1015322


ジェイコブ・コリアー
feat. リジ―・マカルパイン&ジョン・メイヤー
「Never Gonna Be Alone」
配信リンク:https://Jacob-Collier.lnk.to/NeverGonnaBeAlonePR

日本公式ページ:https://www.universal-music.co.jp/jacob-collier/

Translated by Kyoko Maruyama

 
 
 
 

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