ハードコアを皆の手に YouTubeチャンネル「hate5six」の仕掛け人

hate5sixをインスパイアしたもの

シンのアプローチとhate5sixの信条の大部分は、あるバンドにインスパイアされている。それは彼がまだティーンエイジャーでもなかった90年代に兄から教えてもらった、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンだ。彼は「怪しいアングラのチャットサービス」にアクセスし、何時間もかけてブートレグのライブ映像を片っ端からダウンロードしていたという。

「そういうのを観たり集めたりするうちに、俺は一過性のライブミュージックの醍醐味に取り憑かれていった。同じセットでもオーディエンスの反応は毎晩違うし、セットリストが変わることもある」と彼は話す。「当時は気にしてなかったけど、俺は鼻血で汚れたビデオテープの粗い映像を観て喜んでた。そんなもので興奮できるんだから、クオリティの高いライブ映像ならもっと楽しめるはずだと思ったんだ」

また彼はレイジを通じて、音楽が人々の政治意識を変え得ることも知った。バンドが危機感を持つようファンに呼びかけ続けたように、シンは様々な集会やデモ行進の動画を定期的に投稿している。つい先日は、1985年にフィラデルフィアで起きた警察の襲撃によって命を落とした、環境保護を訴える黒人の活動家団体MOVEのメンバーたちの追悼イベントの映像が紹介されていた。



「96年にリリースされた『Bulls on Parade』がきっかけで『Evil Empire』を買ったんだけど、そのスリーブに推奨本がリストアップされてて、当時10歳だった俺は『何だこれ?』って感じだった。それ以降バンドのライブ音源をかき集めるようになって、『Wake Up』や『Bullet in the Head』の途中に出てくるザックのスピーチを聞いてると、純粋に楽しみに来ているオーディエンスに彼が何を伝えようとしているのか分かった」と彼は話す。「目に見える形でこの世界に大きな影響を及ぼしている事実や情報を、彼はファンに知ってもらおうとしていたんだ。メッセージを発信する上で、これほど効果的なやり方はないと思った」

インド系移民の家庭に育ったシンは、レイジに自分の姿を投影してもいた。「白人が多いニュージャージーの郊外で育ったインド系移民の俺にとって、堂々たる有色人種の男2人が率いるヘヴィなバンドをテレビで観た時、自分の居場所を見つけた気がした」と彼は話す。

高校1年生だった2000年に、シンはパンクやスカのバンドのライブを撮影し始めた。当時撮りためた映像が広く流通することはなかったが、大学に入って彼は「夢のカメラ」と呼んでいたCanon GL-2(スケートボードのクラシック動画の撮影に使われていたことで知られ、hate5sixのロゴには共産主義のシンボルであるハンマーおよび鎌と同様にそのシルエットが使われている)をeBayで落札し、フィラデルフィアの各地でライブを撮影するようになる。2008年に同チャンネルをローンチしてからの10年間、彼は大学院を卒業して9時〜17時の仕事をこなしながらも、尋常でないペースで撮影を続けた。臨場感に満ちたライブ映像の数々だけでなく、いくつかの爆笑必至のミーム(「モッシュピットでビールを飲むとこうなる」動画や、シカゴのストレートエッジバンドHarm’s Wayのライブで客が一斉に同じ動きをし始める様子を参照)にも後押しされ、同チャンネルは少しずつ話題を呼び始める。やがてシンはPatreonモデルを立ち上げ(どの動画を投稿するかを支持者の投票によって決定)、2018年からはhate5sixの運営にフルタイムで取り組むようになった。

Translated by Masaaki Yoshida

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