J・ディラを支えた敏腕エンジニアが語る「伝説の裏側」「音作りの秘密」「マカヤの凄み」

 
過去の音楽を蘇らせるために/日本の音楽に思うこと

―Stones Throwと傘下レーベルのNow-Againは、『The Funky 16 Corners』(2001年)、『The Third Unheard: Connecticut Hip Hop 1979-1983』(2004年)、スターク・リアリティなど、2000年代初頭からリイシューも精力的に送り出してきましたよね。僕も当時、過去のレコードだけど「今の音楽」として聴いていました。エンジニアの視点で、そのように感じる秘密を聞かせてもらえますか?

デイヴ:イーセン・アラパット、つまりEgon(Now-Again主宰)はかなり早い段階で旧作のレストアを始め、その機会を僕にオファーしてくれた。彼には非常に感謝している。

僕がリマスタリングをするうえで最も大切にしているのは、「Do no harm(危害を加えない)」。最大限オリジナルに忠実にしておきながら、ほんの少しだけベターな状態にするのが重要なんだ。

そして、あの時代にリマスタリングをするうえで、僕が気にかけていたのは低音をきちんと扱うこと。元々のレコードよりも、もっとフルに出すべきだと考えていた。当時はDJたちがプレイするような状況だったから、彼らがプレイする他の音楽に負けないようにしなければならなかった。当時のLAでは多くの人々がヒップホップをクラブでプレイしていたので、ラウドかつ低音をソリッドに仕上げるという2点を大切にしていた。


スターク・リアリティ『1969』(2003年)


『The Funky 16 Corners』


『The Third Unheard: Connecticut Hip Hop 1979-1983』

―だから、クラブでかけてもバッチリだったんですね。

デイヴ:ただ、現在の僕のリマスタリング哲学は少し変化している。「Do no harm」は相変わらずだけど、当時ほどラウドにはしていない。それに今の方が、もっと細かいところまで注意を払っている。発売当時にタイムスリップして聴いたとしても、ベストなサウンドに思えるものを目指している、と言えばいいのかな(笑)。

それにリマスタリングするときは、オリジナルのレコーディングにどれだけノイズが入っているのか、それをどこまで取り除くのかが重要になってくることもある。ましてや、マスターテープの存在しないものをリイシューする場合もあって、それこそEgonと当時やっていた仕事の多くはヴァイナルをソースとしていたけど、それらをマスターテープから作り直したようなサウンドにしなければならなかった。ナイスなターンテーブルでも再生できるように、ポップやクラックノイズにも注意しなければならない。そういうときは音楽へのリスペクトを十分に持ち、かなり慎重に作業するように心掛けた。僕が当時携わったレコードは、リイシューにもかかわらず今でも素晴らしいサウンドだと思うし、現在も多くのDJたちがプレイしているよね。






デイヴが手がけてきたリイシューワークの一例

―Light In The Atticでは、『COCHIN MOON』『はらいそ』など細野晴臣のリイシューも手がけていますよね。そういった日本のレコードをマスタリングしたときのエピソードも聞かせてください。

デイヴ:僕は17歳くらいの頃にYMOのレコードを買ったし、彼らの音楽には馴染みがあった。とはいえメンバーのソロ作まで深追いしていたわけじゃなかったし、細野がYMOのサウンドにどの程度貢献しているのかも把握してなかった。昔はアメリカ人として、彼のソロワークまで詳しく知る術がそんなになかったからね。でも、今は日本人がファンクの7インチを研究しているのと同様に、僕も日本の音楽をどんどん探求しているところだ。

Light In The Atticでは、シティポップのコンピレーション(『Pacific Breeze』)にも携わった。こんなにもクールな音楽があることに、僕はレコードコレクターであるにも関わらず、最近まで気づいてなかったんだ。それでいろいろ聴いていたら、あの時代の日本のレコーディングのいくつかには高周波帯の情報がたくさん詰まっていることに気がついた。言い換えると、たくさんのディテールが詰まっていたんだ。



―というと?

デイヴ:僕は(日本の音源の)リマスタリングを行う際に、少しだけハイを抑えている。日本のエンジニアリングは驚くほど高水準だし、マスタリングエンジニアの腕前も素晴らしい。ジャズのリイシューにおける録音を聴くと惚れ惚れするよ。ただ、当時はCDが流通し始めた時代で、CDが正確なハイを提供できる新たなメディアだったことに人々は興奮していた。それはたしかに、ヴァイナルにはできなかった技術的な革新だった。だから、最大限にその技術を駆使することで、ディテールを追求しようとする動きが主流だった。

でも2022年現在、多くの人々が当時を振り返りながら「そこまで強烈なハイは要らないかも」と考え始めている。だから、僕はもっとヴァイナルらしいサウンドに仕上げることにした。アイデンティティの根本からは変えることなく、アナログでのプレゼンテーションを前提に、特に低音について充足したサウンドを目指した。僕が携わったリイシューでは、音量を上げても耳に痛いサウンドではなくなっていると思う。ハイが強い音楽は、音量を上げると聴いていて辛いし、アンプの目盛りもせいぜい3〜4くらいまでしか上げられない。これだと本当に音楽を楽しめる音量で聴くことができなくなってしまうから、僕はハイを抑え気味にするようにしているんだ。

Translated by Tommy Molly

 
 
 
 

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