J・ディラを支えた敏腕エンジニアが語る「伝説の裏側」「音作りの秘密」「マカヤの凄み」

 
マカヤはジャズにとって「希望の光」

―ここからようやく本題です。あなたはジェフ・パーカー『The New Breed』(2016年)以降、 International Anthem作品のマスタリングも手掛けていますが、このレーベルにはどんな印象を抱いていますか?

デイヴ:レーベルのスタッフ全員がクオリティに対する高い基準をもっているよね。彼らが作り上げてきたものに対して、僕は本当に驚いている。ジェフを通じてInternational Anthemのアーティストが僕のスタジオにやってくるようになったことを光栄に思っているよ。彼らには固有のアプローチがあり、ジャズに新たな風をもたらしているよね。

その一方で、僕は西海岸でエイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハンマド(ATCQ)による『Jazz Is Dead』シリーズにも携わっている。『Jazz Is Dead』って名前はとてもシニカルだよね。もちろんジャズを演奏・録音している人たちはずっといたわけだけど、文化的なシーンとしてはほとんど注目されていなかった。僕が10代だった頃を最後にジャズはしばらく停滞していたけど、今は『Jazz Is Dead』やInternational Anthemといったムーブメントに希望の光を感じている。今日でもジャズが「生きた音楽」として演奏やレコーディングされ、たくさんのオーディエンスが歓迎してくれるのはとても美しいことだと思う。




―マカヤ・マクレイヴンの『In These Times』は、International Anthemにとっての最新作でもあります(XL、Nonesuchとの共同リリース)。このアルバムの客観的な印象について教えてください。

デイヴ:Stones ThrowやJ・ディラの音楽にあった不完全なタイム感を、彼なりに解釈しているように感じた。プログラミングと生のパフォーマンスを組み合わせているけど、具体的にどのトラックがどうだったのかは、未だに僕もわからない。実際、僕が思っている以上に生の要素がリズムセクションには多いかもしれないし、そもそものレコーディングがサンプルっぽいようにも作られている。

リズムに関してもかなり複雑なことが起きていて、フライング・ロータスみたいに様々なレイヤーを複雑に重ね合わせたところもあれば、巧みに作り上げたライブ感もある。オーケストラの要素は、アルトゥール・ヴェロカイなどのブラジル音楽に通じるものを感じた。これらの要素を融合させることで、彼はすごく面白い音楽を作り上げた。

緻密に作り上げられたハイファイなサウンドは、トラディショナルなジャズのファンも満足させるだろう。スタジオでのマイクの使い方も巧みで、緻密なオーディオ体験を生んでいるし、その一方で生々しくサイケデリックな側面もあって、そこはStones Throwに通じている。とても洗練されたアルバムだから、一部のリスナーが楽しむだけじゃなくて、そのうち映画やテレビで使われることもあるだろうね。



―『In These Times』は様々な時期に、様々な場所で録音した演奏を組み合わせたアルバムだと、マカヤ本人が語っていました。それにも関わらず、ミュージシャンが同じ場所に集まって録音したスタジオ・セッションもしくはコンサートのように聴こえるわけで、かなりの手間がかかっているのは間違いなく、マスタリング作業も大変だったのでは?

デイヴ:実はミックスがかなりの出来だったから、僕がやるべきことはほとんどなかった。僕がかつてStones Throwで手がけてきたフィーリングを、すでに彼らはビートに込めていたんだ。だから僕としては、古典的なジャズのようにスウィートで、もっとImmersive(没入感のあるもの)に仕上げることにフォーカスした。リスナーに「自分は今どこにいるんだ?」と思わせるくらい異次元に連れて行くことを考えた。

具体的にやったのは、高周波帯を少し汚したり、ステレオのフィールドのなかで少し揺らしてサイケなアコースティック感を作ったくらいだね。あとは、トラック間でのローエンドのばらつきをマッチングさせたり、少し突出した特定の楽器のインパクトを抑えて、アルバム全体の収まりを整えたりもした。

マスタリングするときって「このアルバムは何か足りないけど、もう少し僕のほうでエネルギーを与えるべきなのだろうか?」と考えることもあれば、「この素材はすでに考え尽くされていて、20種類くらいのスピーカーで視聴したものなんだろうな」とわかることもある。後者の場合はできることが本当に限られてくるんだ。日本的なミニマリストのアプローチで、シンプルなものを作るというのは時に困難なことでもあり、今回はまさしくそういう場面が多々あった。そこで僕はこれまでの経験に則り「ここは仕事をしすぎないことが大切だ」と悟った。今回に関しては「スウィートに仕上げる」のが適切なやり方だったと思うね。



―最後に、あなたがエンジニアとして指針にしてきたレコードを教えてください。

デイヴ:これは何枚も挙げたいね(笑)。僕はDJのバックグラウンドもあるから、ジャンルでレコードを聴いてきたところがある。その一方で、エンジニアとしては特定の周波帯に対するインパクトやコンプレッションに着目するといった、別の視点から音楽に触れてきた。巨大なミッドレンジが伴う音楽を手掛けるときは、例えばクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの『Songs for the Deaf』(2002年)を参考にするだろう。500~700Hzでのクレイジーなステレオ像を得るために、どこまでやれば良いのかの一つの手本だ。



リル・ウェインの作品を聴くことで、50Hzをどこまで強調すれば試聴不能で、人々の心に届かなくなるのかの参考になる。彼の作品ってボーカルはかなり奥にあるのに、ベースがかなり手前で鳴っていることが多くて、それなのに技術的に成立しているんだよね。そういう前例があることもエンジニアとしては知っておくべきだし、破綻するギリギリまでプッシュしていく術も学んでおかなければいけない。

ドクター・ドレーの『2001』は、ヒップホップのリファレンスとして長らくスタンダードとされてきて、僕も低音のチェックに使ってきた。あとは、カニエ・ウェストのアルバムで(プロデューサー/エンジニアの)マイク・ディーンがやってきた仕事は素晴らしくて、爆発しそうな勢いを生み出してきた。低音にエッジが立って十分クレイジーになっているかを確認したいときは、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』をレファレンスとして何度も聴いてきたよ。純粋に忠実性を求めるだけなら、(マスタリング・エンジニアの)ケヴィン・グレイによる仕事ぶりも好きで、彼がBlue Note作品で手がけてきたハイレゾのマスタリングをたくさん参照してきた。

これらのアルバムはそれぞれ最高レベルに達している。最もラウド、最もミッドレンジが強烈、最も低音が効いたもの、最も忠実性が高いもの……僕はいつだって、このように様々なものを幅広く聴きながら、その先にどういったものが作れるのか考えてきた。他の人がどんなものを作っているのか耳を傾け、競争意識を持ってきた。それに僕はいつも(自分が関わる)アーティストがどういった背景を持ち、音楽の歴史や文脈を自分たちのものとして取り入れるために、どんな音楽を参考にしてきたのかをより深く理解しようとしてきた。自分だけの小さな世界に居続けることも出来るけど、僕は他の人たちをチェックして、自分の立ち位置を常に知っておきたいんだ。

【関連記事】マカヤ・マクレイヴンが語る、時空を超えたサウンドを生み出すための方法論




マカヤ・マクレイヴン
『In These Times』
発売中
日本盤CD:解説付き、ボーナストラック追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12873

Translated by Tommy Molly

 
 
 
 

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