W杯開幕、カタール政府が隠す移民労働者たちの死と窮状「これは現代の奴隷制度だ」

火災報知器の謎

労働者の権利向上を目的とした既存の政策に加え、カタール政府は故人に対する補償制度もいくつか導入した。だが権利団体が言うには、強制労働が対象になったのは2018年以降で、適用範囲も実施度合いも制限されたままだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチがワールドカップの建設現場で働く複数の移民労働者に話を聞いたところ、出稼ぎに伴う借金を背負いながら――屈辱をしのんで未払いの給与明細が届くのを待つ間、自殺を考えたと口を揃えて語った。カタールの労働大臣は、ワールドカップ会場の建設作業中に死亡または負傷した移民労働者の遺族向け総合補償基金の設立案を、「重複の可能性」を理由に却下した。政府が死亡件数をごまかしているという批判についても、「人種差別的」な「売名行為」だと非難した。アリ・ビン・サミー・アール・マリー労働大臣はAFP通信とのインタビューで、「こうした基金を設立する理由は一切ない」と述べ、「被害者はどこにいるんです? 氏名はご存じですか? どこからそういう数字が出てきたのですか?」と逆に問いただした。

アムネスティ・インターナショナル湾岸支部のメイ・ロマノス主任研究員は、大臣の反論を悲しいほど皮肉的だと受け止めた。

「誰が金を受け取り、誰が金を受け取っていないのか、政府はちゃんと分かっています」とロマノス氏はローリングストーン誌に語った。「誰が被害者で、誰が違反者かも。人数も、氏名も押さえています。責任逃れにしてはずいぶん弱い言い訳です」

サッカーの母体FIFAの人権方針には、「FIFA関連の活動で個人が不利益を被った場合、FIFAは解決策の提供に全力で協力する」と謳われている。一方で、5人の子どもを抱えるクリパル・マンダルさんの妻は、子どもの1人に輸血を受けさせるために定期的に街へ出ては、帰る道すがら食料探しをしなくてはならない。家畜の世話も手伝っているが、夫の死亡補償金がいつ入ってくるのかわからない。「どうにかこうにか」と、彼女はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。「食いつないでいます」

今月ワールドカップを迎えるまでの10年間、カタールの移民労働者に対する惨状はESPNやHBOのプロデューサーや容赦ないフランス人作家が取り上げてきた。Equidemも風穴を開けるレポートのために、16の建設会社が監督する大会スタジアム全8か所で働く60人の労働者に匿名で話を聞いた。「抗議すれば給料を減らす、または解雇すると脅された」と、ある労働者は人権団体に語った。「だから誰も抗議したがらない……代わりに、苦情を申し立てた人間を非難して事実を隠蔽している」

顔出しして窮状を訴えた内部告発者はアニッシュ・アディカリさんだけだった。王族所有のHBK社で働き始めてから数日後、ルサイル・スタジアムでバングラデシュ出身の同僚が5階相当の高さから転落死したことを知った。それからというもの、エアコン設置作業の間ハーネスベルトを執拗にチェックするようになった。昨年には中国人労働者が、ベルトが外れたために6階相当の高さから転落したそうだ。

すでに帰国済みの26歳のアディカリさんの耳には、今も火災報知器のアラームが鳴り響いている。キャンプの屋根から見た風景も、人気のないスタジアムを後にしてバスに揺られていく様子も、まざまざと思い出すことができる。アディカリさんからは黄色いジャケット姿のFIFA査察官の姿が見えるが、彼らにはアディカリさんの声は決して届かない。「問題提起できなかったことが悔やまれます」と、彼はローリングストーン誌に語った。ルサイルの建設現場で足場をくみ上げた同僚のネパール人がEquidem調査員に語ったところでは、王族所有のHBK社はFIFAの訪問予定を知ると、職員が移民労働者をまとめてバスで送り出し、コロナ用のマスクをつけてワールドカップ決勝会場を清掃していたそうだ。HBKに雇われてアル・バイト・スタジアム(11月21日にカタール代表チームが出場するワールドカップ初戦の会場)で働いていたインド人の石切職人も同じ懸念を口にした。彼は当時を振り返り、同社の社員が現場の門の前に立って査察官を出迎えつつ、「自分たちにはFIFA査察団に一切苦情を訴えてはならないと厳格な指示を出していた」とEquidemに語った。


ネパールに戻ったアニッシュ・アディカリさんと家族(FAT RAT FILMS/EQUIDEM)

Translated by Akiko Kato

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