柄本佑が語る、こだわりが凝縮された監督作品『ippo』の制作秘話 

「『きみの鳥はうたえる』の撮影が1年延期になったんです。20日ほどスケジュールを空けていたので、その間に自分の映画制作を実現させようと。どうしたらいいか分からないから、自主映画を撮っていた友人の森岡龍にまず脚本を読んでもらうことにしました。そうしたら、『三宅さんと松井さんに相談してみたら?』と言ってくれて。そこからすごい勢いでスタッフを集め、ロケハンで撮影場所を探して。最初に森岡龍に相談していたから、彼にも助監督で入ってもらっているんです。仲間に恵まれたというか、みんなが無類の映画好きという強い絆があったからこそ実現できたと思っています」

『ムーンライト下落合』は、クライマックスで唐突に流れるトリオ· ロス· パンチョス の「RAYITO DELUNA」が強烈な印象を放つ。青白く幻想的な映像とラテンミュージック、そのギャップは柄本ならではのユーモア感覚と遊び心が為せる技だ。

「このシーンの音楽をどうしようか考えていた時、家族で近所のメキシコ料理屋に入ったらバンドがライブをやっていて。彼らが演奏していた曲が、めちゃ
くちゃ良かったので終演後にメンバーをつかまえて話を聞いたんです。そしたら月をテーマにした歌詞だというじゃないですか(笑)。これしかない!と思いましたね」



一方、柄本の盟友である高良健吾と、加藤一浩本人が出演している『フランスにいる』(2019年)は、全編iPhoneで撮影した映画。フランスのとある田舎町で、一人旅をする日本人の男(高良)と、同じく日本人の画家(加藤)が出会う。画家のアトリエで、今まさに男の肖像画を描こうとしている瞬間を描いた作品だ。

「敬愛する映像監督の柳島克己さんが、ご一緒した現場でiPhone を使っていたことがあったんです。通常のカメラは本体やらケーブルやら大掛かりなため、狭い場所での撮影に小回りが効かないことって結構あるのですが、iPhone ならフットワーク軽く動き回れることに気づいて。『フランスにいる』で使用したアトリエはとても狭かったのですが、おかげで臨場感たっぷりに撮影することができました」

弟の柄本時生を主演に迎え、渋川清彦がその兄役を務めた『約束』は、コロナ禍で撮影されたショートムービー。もともと決まっていた場所が使えなくなってしまったため、別のロケ地をなんとか確保し完成させた作品である。



「皆さんとても忙しい人ばかりですが、本当に素晴らしいスタッフ、キャスト、仲間に恵まれた現場だったなあと余韻に浸っているところです」

それにしてもこの短編集『ippo』、いわゆる商業映画とは一線を画す、なかなか一筋縄ではいかない短編集だ。ともすると音声が壊れてしまったのか?と心配になるくらい、とにかく「間」が多い。あまりにも時間が淡々と進んでいくため、「何も起きてないんじゃないか」と思う人も多いのではないか。

「僕からすると実はそこでものすごく大変なことが起きている。その『起きている』ことを映像化したいと思ったんです。何かが起きている時間ではなく、何かが起きるまでの『間』を、どの作品でも描いたつもりです。例えばチェーホフの『桜の園』を舞台でやったことがあるのですが、あれって端的にいうと『お金持ちの人たちがだんだん衰退していくんだけど、お金持ちだった頃の感覚が抜けなくて、ただぼんやりと過ごしていたら家がなくなっちゃった』という話じゃないですか(笑)。『ムーンライト下落合』は、一人の男が仕事や生活を一瞬忘れ、友達が泊まりにきた晩にふと月の美しさに気づく。その劇的な時間
の流れは『桜の園』に通じるものがあると思うんです。舞台だとああやって月を大写しにするみたいな表現はできないじゃないですか。でも映画なら宇野さんの向こう側に、嘘みたいに大きな月が浮かんでいる画面を作ることが出来る。そこに、あの戯曲を映画化する意味を感じたんですよね。この脚本を読んで、まず思い浮かんだのがあのビジュアルだったので」

Photo = Mitsuru Nishimura Styling = Michio Hayashi Hair and Make-up = Kanako Hoshino

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